7 Wonders

フィフス・ワンダー(氷に閉ざされた極北の地に向かえ)



 ツカサとからもらったペンダントとほんの少しばかりの情報を元に、トワとカナは作戦会議をすることにした。しかし、作戦会議とご大層なことを言ってみても、きっと、二人で顔を突き合わせて、ただただ悩むだけになりそうな勢いだ。
「トワ、ツカサからもらったこのペンダントとキミのペンダントって全く同じもののような気がするんだけど、どうなのかな?」
 カナはペンダントをトワの鼻先にぶら下げた。
「……。それ、猫のにおいがする。あの、トキって猫の!」
「でも、これは三つ目のって言ってたから、猫のにおいはしないと思うんだけどな。気のせいじゃない? それか、ツカサとトキは一緒にいるから、においが移ったんじゃ?」
「移ったとか、さわったとかそんなにおいじゃないもん。染みついてる」
 カナはペンダントを手元に引き寄せて、しげしげと見つめた。トワの言うことが本当だとしたら、これは三つ目のペンダントではなくて、トキの持っていた二つ目のペンダント。そうだとしたら、どうして、トキとツカサは自分たちに大切なはずのペンダントを渡してきたのか。大きな疑問がカナの心にわき上がった。
「じゃあ、これはトキのペンダント?」
「それは知らない。でも、それは猫のにおいがするんだもん」
 少なくとも、トワはウソは言っていない。それだけはわかる。だとしたら、ツカサの真意はどこにあるのだろうか。はっきりとした根拠はないものの、カナが手にしたペンダントはセブンワンダーズの謎を解く鍵の一つなのは疑いようはない。同じセブンワンダーズの謎を追うものとして、それを手放すと言うことはセブンワンダーズの謎解きを放棄したこととほぼ同義だ。
「むぅ」カナは考えあぐねた。
 そして、カナはすっくと立ち上がると机について、コンピューターのキーボードをカタカタと打ち始めた。
「どなたか、セブンワンダーズのガラスのペンダントの情報を持っていませんか。と」
 もはや、他力本願の極限だ。自分だけでは追いかけられない謎はフォーラムに参加する人たちの知識を借りて、少しずつ解決していくのがカナ流だ。
「ねぇ、カナ。つまり、これって、どういうこと? こんぴーたに考えてもらうの?」
「だって、仕方がないじゃない。あたしが幾ら考えてもわからないんだもの」
 カナは不機嫌そうに言い放つ。
「……カナのお父さんは……ダメなの?」トワはこそこそと小声で尋ねた。
「お父さん?」カナの声が裏返った。「何で、お父さん?」
「だって、この間、ちらっと見ただけだけど、格好良くて、頭、よさそうだったよ?」
「……それ、あたしにケンカ売ってる? 売ってるでしょ?」
 カナの目付きが険しくなった。キュッとトワを抱き上げ、その目をジッと見つめる。
「ボ、ボクは悪いこと言ってないよ……ね?」
「悪いことは言っていないと思います」
 丁寧な言葉がカナの口から飛び出たときは大抵、機嫌が大幅に悪いときか、全く聞く耳を持っていない時のどちらかだ。この状態でさらに悪態をつこうものなら、もはや、トワにリカバーできる状況を越えてしまう。
「……じゃ、じゃあ、机の上に下ろしてくれると嬉しいなぁ……」
「そう?」全くつれない返事が戻ってきた。
 その時、コンピューターの方から『ぽん』と可愛らしい音がした。と、同時にカナはトワに興味を失ってしまったかのように机にポイと放り投げた。
「ちょっと、カナぁ」
「聞こえません!」
「聞こえませんじゃなくて、聞こえてよぉ」
「き・こ・え・ま・せ・ん」カナはコンピューターの画面に釘付けになっていた。
 いつものように黒字に緑の文字は変わらない。けれど、そこに映し出された情報とは一線を画した。ここまで来て、ようやく辿り着いた。セブンワンダーズの真相の片鱗に。ツカサとトキの言っていたこととは違う。もちろん、二人の言っていたことがウソだとは思わない。けれど、今、フォーラムに現れたメッセージこそもセブンワンダーズの何かを示した情報だと言うことには確信が見えた。
 トワとトキと、二人の持っていたペンダントのことが書かれていた。
「トワ! オトイネまで行くよ。早く、支度をして」
「……オトイネってどこぉ?」
 カナは机の上にほったらかしになっていた一冊の地図帳を開いて、ナエホとオトイネを丸で囲んで、さらにその上におおよその所要時間を書いてトワに見せた。
「カ、カナ? そんなに遠くに行くの? 学校は? お父さんとお母さんは? ボクと二人で出掛けることを許してくれるの?」
 色んな常識を知らないくせに妙なところだけ気を使うのがトワだった。
「それより、モーターサイクルはどうするの? あれ、お父さんにナイショで借りてるんでしょう?」
 痛いところを突かれた。けれど、きっと、父親にはばれている。何かと勘のいい父親のことだから、ひょとしたらカナが何をしているのか知っているのかもしれない。
「細かいことは気にしないでください」
「でもぉ……。お父さんにばれちゃったら、大変じゃないかと思って……」
「……。もう、きっと、ばれてる」カナはぽつんと呟く。
「え、何? 何か、今、凄いことを聞いたような気が……?」
「何も言っていません。気のせいです」
 つまらないことを言ってトワを心配させたり、気を遣わせる必要もない。けれど、空になりかけていたガソリンタンクがカナの知らないうちに満タンになっていたことから考えれば、父親と母親、少なくともどちらか一人には"それ"と言わないだけで、ばれているのはもはや疑いようのないことだった。ただ、それでもセブンワンダーズの謎を追うことはやめられない。
「トワ? そろそろ出かけるよ」
 そして、カナとトワは今日も行く。モーターサイクルに乗って、どこぞにセブンワンダーズの謎を探しに出かけるというのも、すでに当たり前のことになっていた。けれど、今度の目的地の遠さは尋常ではない。タルホよりも、ナンホロよりも、ホーロイよりも遙か遠く。トワは距離と時間の計算はよくわからなかったけれど、よっぽどむちゃくちゃなことをしない限り、今日中には帰ってこられないような気がする。
「ねぇ、でも、だって、モーターサイクルをナイショで使ってることがばれたら、お父さんに怒られるんでしょ。でもって、きっと、そんなところに行ったら、今日一日じゃ絶対に戻ってこれなさそう……」
「それでも、戻ってきます」
 言ってることがもはや無茶だ。それでもカナはモーターサイクルでお出かけするためのよそ行きに着替えて、トワをガレージへと促した。
「ねぇ、カナ。また、開いてない……」
「……」
 トワの指摘にカナは無言でガレージの出口へと歩いていき、シャッターを開いた。出発の時から時間の余裕がない。けれど、カナは心の余裕まで全くなしで出発するのは避けたい気持ちでいっぱいだった。だから、カナはがんばって、心持ち笑顔をトワに向けた。
「あ・き・ま・し・た! これならダイジョウブでしょ?」
「うん。ダイジョウブだよ!」ぱっと明るい顔をしてトワは言う。
「よしっ! じゃあ、出かけるよ。何としても、お父さん、お母さんが帰ってくるまでに戻ってくるんだから、今日は飛ばすよ?」
「あの、お巡りさんに捕まらない程度にお願いします」
 トワがサイドカーに飛び乗ると、カナはいつものようにフルフェイスのヘルメットをトワの上にぼすんと乗っけた。そして、カナもヘルメットをかぶって、おもむろにモーターサイクルのエンジンを始動させた。緊張の一瞬だ。ガレージから出発するときにまともにスタートした試しがない。
「カナぁ……今日こそ、大丈夫だよね?」こわごわとトワは問う。
「うん。今日こそ、大丈夫……。のはず」
 カナはクラッチに手をかけた。足先でギアを一速に入れて、クラッチをゆっくりとつなぎながら、さらにアクセルも慌てず騒がず、エンジンが止まらないように気を遣いながら開いていく。すると、じわじわとモーターサイクルが動き出した。
 今日は成功。まともな出発を決めた。それから、オトイネへの長い道のりが始まった。タルホに行く距離を超え、ナンホロに行く時間を超え、この間訪れたホーロイへの時間と距離を超える。ここらあたりまで来ると、飽きっぽいトワがサイドカーで退屈そうにしているのがモーターサイクルをかっ飛ばすカナにもわかった。
「ねー」小さな声で言っては聞こえないので、トワは大声を出した。
「……。聞こえません……」
「いや、聞こえてるし……」
「き・こ・え・て・ま・せ・ん!」声を大にしてカナは言う。
 申し訳なさそうにそーっとトワが話しかけてくるときはだいたいろくなことではない。そして、トワは聞こえてるのに聞こえないと主張するカナの言い分を華麗に無視を決め込んで、トワはトワ自身の言い分を主張した。
「寒い――。ボク、寒いとこ、嫌いなんだけど……」
「わたしは寒くありません」
 答えてくれたのはいいけれど、真っ向から否定された。
「いや、その、カナのことを聞いてるんじゃなくて、ボクのことを言ってるんだけど」
「じゃあ、とりあえず、我慢してください」
「我慢できないから言ってるんだもん!」
 トワは声を大にして主張する。いくら毛皮を身にまとっていて、世間では寒さに強いと思われているオオカミだとはいえ、寒いものは寒いのだ。
「この辺りはどこに行っても寒いと思うけど……?」
「あ、う。カナの家より寒いところはヤなの!」
「――。わがまま」
「わがままじゃない! と言うか、ここ、どこぉ〜〜?」
「知りません。――と言いたいけれど、ここは……」
 峠の途中。その昔、冬になれば、三方を山に一方を海に囲まれたこのオトイネという土地は他の地域との行き来が一切出来なくなったそうだ。そして、ついた別称が陸の孤島。カナとトワはその陸の孤島に南側から北上しているところだった。
「おもしろくない……」
「そんなことを言われても……」カナは返答に困った。
 道の周りには草むらしかなく、よくて林が広がっているくらい。だから、どこまで行っても緑色。多少の変化はあるものの、基本的に代わり映えはしない。
「ねー、カナぁ、何か、面白くなる方法はないのぉ?」
「そんなものはございません!」
 景色が急に開けた。ちょうど、峠を越したばかりのところでカナはモーターサイクルを止めた。絶景である。遙かな青い海と、山に囲まれた盆地が独特の雰囲気を醸している。
「うわぁ……」トワがサイドカーから乗り出して、感嘆の声を上げる。「ボク、こんなキレイな風景を今までに見たことがないよ」
「わたしもここには初めて来た……。ステキ……だね」
「うん。ステキだね」
 二人はうっとりとした様子で峠から海の見えるステキな風景をしばらく眺めていた。トワとカナと二人で見た風景の中で、一、二を争うキレイさだ。これで、夕暮れ時が差し迫れば、もっと、ステキな彩りを楽しめるのだが。そこまでの余裕はあるわけもない。
「でも、時間がないから、即出発。帰りに時間があったら、のんびりみてみましょ?」
「え〜?」不満たらたらだ。
「我慢なさい」カナはぴしゃりと言ってのけた。
「我慢できませ〜ん」ふざけた口調でトワは言う。
「そんなわがままなトワのことなんてもー知りませーん」
 つーんとすましてカナは言うと、モーターサイクルを走らせた。眺めがいいからと言って、峠の上でトワと戯れている場合ではない。可能な限り速やかにオトイネに辿り着き、そして、脱兎のごとく帰らなければならない。
 それ故、カナのアクセルを握る手にも力が入る。アクセルが開けば、当然、エンジンの回転数も上がって、モーターサイクルが加速する。耳元をビュンビュンと唸る風切り音も増してきて、トワの恐怖心をあり得ないくらいにあおる。
「カナぁ……。スピード出し過ぎないでよぉ……?」
「大丈夫です」
 カナにそう言われてはトワも黙るしかない。怖いものは怖いが、トワは何とか恐怖を押し殺そうとした。けれど、とても無理そうだ。激しく唸るエンジン音。物凄い勢いで後ろに流れていく景色。どれをとっても、トワの足で走るのよりも早くて、異常な事態なのだから、耐えて大人しくしている方がどだい無理なお話なのだ。
「やっぱり、おかしいよ。スピードの出し過ぎ。だって、止まんないし、曲がんないし、怖過ぎるよ。絶対、コレって、あれでしょ? もっとゆっくり走る乗り物なんでしょ?」
 トワは半ば懇願するかのようにカナに言う。
「そんなことはないよ。歩いたり走ったりするよりもずっとずっと速いんだから」
「でも、それじゃ、曲がんないし……」
 トワはじとっと湿気った眼差しをカナに向けた。
「そんなこと、気にしてはいけません」
「いや、それ無茶、無理だから」トワは必死に否定する。「だって、この間だって、止まんないし、曲がんないし、絶対におかしい。カナ、変!」
「あたしは変じゃありません」
「ウソ!」トワは真っ向から勝負を挑んだ。「絶対、変!」
 追及に対して、カナは無言を貫いた。その代わりにアクセルを握る手に力が入り、モーターサイクルは速度を上げていく。風を切る感覚が荒々しくなっていくにつれ、流石にトワも心臓がバクバク鼓動する大きな不安感にとらわれた。
「……ねぇ、カナぁ? き、聞いてもいいかな?」恐る恐る。
「……よくありません」
 もうダメだ。トワは内心で思った。カナが自分に背中を向けたまま言葉少なく答えるときは何を言っても一つも聞いてもらえない。ついでに不機嫌だと目も当てられない。
「うわぁ! だから、ぶつかるぅ!」
「ぶつかりません」
 何を根拠にそんなことを言えるのかトワは不思議でたまらない。けれど、それでいて、ガードレールに突撃したことや、道路の外に吹っ飛んでいったこともない。むしろ、何かことが起きた方がフツーなのに、何もない方がイジョーなような気がしてしまう。
 そして、モーターサイクルはキョキョキョと異音を立てる。
「……。ホラ、曲がった」こともなげにカナは言う。
「曲がっても、ちっとも嬉しくない!」
「無理にでも喜んでいただければ、幸いです」
「何それぇ」トワはあきれて、追求するのもばかばかしいと言った様子で答える。
 そして、そのままカナはモーターサイクルを爆走させて目的地へと急ぐ。オトイネの氷の牢獄と呼ばれたその場所はかつての流刑地だった。三方が山で囲まれて、一方が海。そして、オトイネに出入りできる道筋も限られている。それ故にやがてそのような場所になったのだという。
「トワは――過去から来たんだったね……」
 モーターサイクルを操りながら、カナはぽつんと呟いた。
「過去って……何? おいしいの? それって?」
「食べ物じゃありません」
「食べ物じゃなかったら、何なのさ、それって」
「昔、昔のお話しのことを過去って言うの」
 そして、それ以上の説明をするのは経験上、無意味だと悟ったから、カナはこの話はここで打ち切ることにした。代わりにわかりやすくてちょっぴり面白いことを言ったらトワは食いついてくるのに違いない。
「ねぇ、トワ……」
 と、話題を切り出そうとしたところで、ちょうど、目的地の目の前に辿り着いた。勢い余って通り過ぎそうになったところで、駐輪場への入口を発見し、カナはモーターサイクルをそちらに寄せた。そして、くるっと辺りを見回せばモーターサイクルもオートモービルのたったの一台の姿も見ることはなかった。
「……。どうして、来る場所来る場所、人がいないんだろう……」
 どんなミステリアスな場所にいるのだとしても、誰とも会わないなんてフツーはあり得ない。そう考えれば、まるで何かにコントロールされているかのようにトワとカナは行く先々で必要最小限と思われる人たちとしか出会っていない。
「ここはどこ? ここがどうかしたの?」
 そんなカナの思考を袖にして、トワが問う。
「何かがあるとしか、言いようがないけれど……。フォーラムにもオトイネのこの場所にはセブンワンダーズの謎を解くきっかけになりそうな何かがある程度のことしか、書いてなかったし。でも、きっと、ここで答えが見つけられそうな気がして……」
 それでも、結局、答えが見つけられそうに気がするだけで、何かが解決する保証はない。しかし、保証がないからと言って家出じっとしていたのではどう考えてみても、セブンワンダーズの謎も解けなければ、トワを元来たところに帰すことも出来ない。
「あ〜あぁ。ここは外したかなぁ。ただの観光スポットみたいだし」
 カナは頭をポリポリとかいた。これでは夕方、もしくは門限までに帰れないリスクを冒してまで、こんな遠くまで来た価値がない。と、突然だった。普段、ぽや〜っとしているトワが威嚇のうなり声を上げていた。
「トワ、どうしたの? 何か、怖いものでも……」
「……。エバ! どうしておまえがこんなところにいるんだよ」
 トワが激しく吠えたてた。その先に彼女はいた。こっちから呼ぼうと思っても呼べない。何かを尋ねようと思っても全く答えてくれない。その彼女がトワとカナの前に姿を現していた。
「エバ……?」ほうっとしたようにカナは声に出した。
「セブンワンダーズの謎にはたどり着けましたか?」
「た、たどり着けているはずがないでしょう。たどり着けていたなら、こんなところをうろうろしているはずがない」
 と、言ってみたものの、やはり、エバには全く届いていないようだった。初めてみたときとまるで同じように、エバの瞳はカナもトワも見ていない。そこにあるプログラムに従ってただ機械的に喋っているだけのようだった。
「何で、ボクはあんな場所に、ひとりぼっちで置き去りにされたんだよ」
「謎にたどり着けていたのならば、ようこそ。わたしは期日にあなたたちが知り得た場所で待っています。たどり着けていないのならば、残りは半分です。お急ぎなさい……」
 そして、エバは今度も言いたいことを言ってフッと消えてしまいそうだった。
「ちょっと、待って。いつも勝手に言いたいことだけを言って消えないで! わたしの、わたしたちの言うことを聞いてくれたっていいじゃない。――だってそうじゃないと、わたしはセブンワンダーズに届かない。トワをトワのいたところに帰せない」
「始まりは終わりに繋がる最初の一筋……」
 エバはゆっくりと言葉をつなぐと、そのまま消え失せた。
「またっ! どうして、いつも言いたいことだけを言ったら、消えちゃうの?」
 その次の瞬間、不意にカナは不安の極限に達していた。ずっと、時間を確認するのを忘れていた。大概、そんな焦りを感じたときはいろんなことが手遅れか、手遅れに近い状態まで追い込まれている場合が多い。少なくともカナの経験上ではそうだった。
「門限……」腕時計を確認する。「……間に合わない――」
「……? カナ、どうしたの? 門限って何?」
「どうしよう、お父さんに叱られる」
 顔面蒼白だ。普段は優しいカナの父親も約束破りにはとても厳しい。言い訳は全く許してもらえず、正直に全うな理由を答えるまで放してくれない。悪いことに、門限破りとモーターサイクルの勝手な持ち出しに加えて、きっと、トワのことも説明しない訳にはいかなくなるに違いない。けれど、いくら説明したとしても理解して貰えるとは思えない。
「……あぁ……。もう、おしまいだ……」
「おしまいって、何がおいしいの?」
「キミって、気楽よね。どんな時も」カナは心底、羨ましそうにトワに言った。
 そして、カナはモーターサイクルのエンジンを全開にして、帰途についた。
「ひぃいぃっぃいい」
 のけぞる加速と、トワの悲鳴をまき散らしてモーターサイクルは走る。門限まで時間がない。けれど、オトイネに来るまでにかかった時間よりも、今から門限までの時間の方が遙かに短い。カナのテクニックを駆使して、どんなにモーターサイクルを家に向けてぶっ飛ばしたとしても、もう、きっと、間に合わない。
「カ、カナぁ? ちょっと、ボク、うしろに吹っ飛びそうなんだけど?」
「我慢してください」
「我慢できるなら、こんなことは訊いていませ〜ん」
 後ろ側に転がり、飛んでいきそうになるのを必死にこらえてトワはカナに声が届くように大声を出す。しかし、その声も風切り音に負けて後ろにキレイさっぱり流れてしまって、聞かせたいカナには全くもって届いていなさそうだ。いや、届いていても、それこそ聞こえないふりをしているのに違いない。
「でも、きっと、もう、気がついているんだよね。言わないだけで。わたしから、言い出すまで何も言わないつもりだったんだろうな……」
 カナはずっと前を向いたままぽつんと呟いた。
 そして、容赦なく暗闇に沈んでいく風景の中をカナとトワはモーターサイクルに乗っていた。その中で心の中にたまっていくモヤモヤを焦燥感というのだろう。それはモーターサイクルに乗っている間中、解消されることなくどんどんと容赦なく蓄積されていく。さらにきっと、家に帰り着いてもそのモヤモヤがはれることはないのだろう。
 何故なら、ほぼ間違いなく怒り心頭の父親が待ち構えている。
「ねぇ、カナぁ。ダイジョウブなのぉ? お父さんには何て言うの?」
 トワの問いかけにすらカナは答えられなかった。
 家はいつも通りに窓から明かりが漏れていた。そのいつもと変わらない様子にカナの胸はぎゅっと締め付けられた。あそこで両親が待ち構えている。ガレージにモーターサイクルを寄せるまで、何回、明かりが消えていたらいいと思っただろう。
 カナはシャッターをガラガラと開くと、モーターサイクルを押し込んで、トワと一緒にそのまま家の中に入っていった。
「……ただいま……」
 ガレージからは今に直通で、つい挙動不審にオドオドしたように歩いていくと、やはり、両親が"ずん"と存在感を思いっきり発揮して、カナを睨み付けていた。
「さてと……、納得のいく説明をしてもらえるのかな?」
 父親が口を開き、母親はその横に静かに座っていた。
「はい……」
 重苦しい雰囲気で、カナは今にも泣きたい気分だった。
 正直、怖い。何をどう釈明しても許してもらえそうな気がしない。それ以前に、今のこと状況をどういう風にしたら上手に説明できるのかもわかりはしない。
「ト、トワのお父さんとお母さんを探していたの」
「それと門限に遅れたことと何の関係があるのかな?」
「それは……」カナは押し黙ってうつむいた。
 確かに、門限に遅れてしまったこととトワのことはほとんど関係がなかった。少なくとも、カナが時間にだけ気をつけていたら、刻限までには帰ってこられたはずだから。
「……では、百歩譲ってトワのお父さんとお母さんを探すのに門限に遅れたのはいいとして、モーターサイクルを勝手に持ち出していたのはどう釈明するのかな?」
 出来ることならば、触れて欲しくないことを突っ込まれてしまった。
「トワは近くの時計台で拾ったんだろ? モーターサイクルを持ち出して行かなければならないようなところにトワのお父さんやお母さん、または飼い主、かな? がいるとはとても思えないが……?」
 きっと、父親の思ったことが一番、正解に近いのだろう。セブンワンダーズの謎を追うということを話せなければ、父親の言ったことに間違いはないのだから。でも、このままだとあまりに悔しすぎた。カナはぐっと唇をかんで、涙を耐えた。
「カナ! 黙っていないで、答えなさい!」
 カナはびくっと方をふるわせた。答えられない。ステキな言い訳も思いつかなければ、トワのことを、トワの本当のことを話すことも出来ない。だから、結局、沈黙するしかない。けれど、黙ったままでは父親にホントのことを知ってもらうことも出来ない。
「……。何も……言うことはありません……」うつむいてカナは言う。
「もう一度、大きな声で言ってご覧なさい」
「言うことは……ありません」
「言うことがないとはどういう意味だ?」
 父親の怒りが積み上がっていくのがよくわかる。でも、やっぱり、何も言えない。理解してくれようと、理解してくれまいと一言喋れば、カナは全部を言い終えるまで話し続けてしまうのに違いない。そうしたら、トワは一体どうなってしまうのだろう。
「まあ、いいじゃありませんか、あなた。カナも反省しているようですし」
「ここでしっかりと、叱っておかないとだな……」
「ほら、白いタヌキちゃんもしょんぼりしてるから……」
 母親はカナの手に抱かれて大人しくしているトワを見つめながら言った。
「しかし、母さん。取り敢えず、トワは犬だろう?」
「い〜え〜、とっても可愛い子狸ちゃんですよ」
 カナが全力で否定したとしてももはやトワがオオカミ、もとい犬だと言うことを母親には理解してもらえそうにない。
「……。まあ、トワがタヌキでも犬でも何でもいいが……。モーターサイクルを使いたいのなら、必ず、事前に言いなさい。そして、門限は守ること。いいね?」
「……はい」
「では、部屋に戻りなさい」
「はい……」
 カナはゆっくりと歩き出して、静かに階段を上る。かけだして一目散に逃げ出したい気持ちだったが、それではあまりに子供じみている。トワもそんなカナの後ろをくっついて一緒に二階まで上っていった。
「だから、タヌキじゃないっていつになったらわかってくれるの? カナのお母さん」
「きっと、一生無理だと思います」
「え〜っ! オオカミの尊厳を傷つけておいて、それはないよぉ」
 トワはすっかりふてくされてしまった。

2nd