fairyfiery

<14> 大団円、バイバイ、また、今度


 

 駅、待合室。そこにはいつもの雑踏と駅アナウンスが交錯していた。市立病院の火事なんて、まるで別世界の出来事。ニュースを映し出す地味な電光掲示板が異変を静かに伝えていた。
「ウィル兄さん、もう……行っちゃうの? レイ兄には会わなくていいの?」
「い、いや、これでもう会えないって訳じゃあないし」頭なんか掻いてシドロモドロになる。「ああ? 最後まで行ってみるつもりさ。まあ、どろぼうフィントさんのおかげでヒントというか何か掴めたような気がするし。取り敢えずはナ、ミーナ」
「?」キョトンとした笑顔でウィリアムを見つめる。
「オレに何も言わずに帰るつもりなのか? ウィル」外の入口から颯爽とレイトグリフが現れた。
「兄貴。いや、何。改まると何だか気恥ずかしくてね」
「でもね、ウィル」レイトグリフの背後からひらりとフィントが現れた。「気恥ずかしいのはレイのやつもおんなじなんだゾ。もう、ここに来るまでごねたごねた。どうしようかと思ったヨ」
「……余計なこと言うな」
 レイトグリフはフィントを小突いた。何だか、兄の意外な素顔を見たみたいで朗らかになる。
「大体、あのあとでどう、さっさと帰らさせてくれなんて言うんだ? 火事は片づいたばかりだわ、局長はご機嫌斜めどころじゃないし」文句は尽きない。
「でも、結局はリーブスに『あとは頼んだ!』とかいって抜け出したくせに」
 ニ〜ッとしてフィントはレイトグリフの顔を下から覗き込んだ。
「う、うるさいな、もう」フィントと目を合わせられない。傍目から見たら面白いけど、レイトグリフ本人にとっては恥ずかしいやら、気まずいやらで大変なのに違いない。
 そこへ助け船を出すかのようにウィリアムが言った。
「フィント、今日は……人のカッコなんだな」
「いつも妖精の姿だったら、目立ちすぎるでショ? ネ、レイ?」結局、大して変わらない。
「いつの間にそんな親密になったんだ?」
「判らん。気が付いたらこうなっていた」
「ふ〜ん……」会話は途切れがちになる。「そうだ。あれからブレーズはどうした?」
「帰ったよ。おうちに」
「帰った?」訝しげな視線。
「もう、ブレーズを追いかける理由なんてなくなったでショ? だから、教えない。ウィル兄がミーナの“声”を取り戻したいように、あいつには心の傷を癒す時間がいる……」
 フィントはそっとウィリアムの手を取った。
「いい? ブレーズのミーナはもういないの。この娘は」ミーナに視線を向けた。「ウィル兄のミーナなんだよ。だから、“声”は取り戻しても過去は知らないでいてあげて……」
「二番線から十八時十分発ココアシティ行き発車です。ドアが閉まりま〜す」
「あ! ブレーズから伝言。もう、これから先ずっと虐めたりしないって……サ!」
「割りといいやつなのか?」
「……単純で一途。シャイな奴なのよ。結局はネ」
「一途な想いがああなると怖いね……。純粋で一途なだけに彼自身だけじゃ止められない衝動」
「だったのかもしれない……ネ」
「おいおい、辛気臭いぞ」レイトグリフがフィントとベルクールの後ろから口を出す。
「ナ〜」
「ミーくん?」ウィリアムの足下にまとわりついていた。「どうしてここに……?」
「着いてきちゃったのね」ベルクールはひょいとミーくんを抱き上げた。「ミーくんにも判ったのかな? 折角、帰ってきたウィル兄がまたすぐに行っちゃうって」
「でもな、行かなくちゃダメなんだ」
「……仕方ないな! ホラ、ベルクール特性の『停車場』珈琲だヨ!」
 淋しげな笑みを浮かべながら、ベルクールは隠し持っていた水筒をウィリアムに差し出した。
「不味いんだよナ、それ……」
「あ、なら、わたしにちょうだいよ。不味くても只なら好き」
 横からフィントが口を出す。
「まぁた、余計なこと口走らなかった? フィントさん」
「い? いえ……」ギョッとした。「そ、そんなことは……」
「じゃ、改めて、ウィル兄。不味くてもいいからもっていきなさい。めーれーです!」
「命令じゃ、しょうがないか」
 期せずして苦笑が漏れる。ウィリアムはベルクールから暖かい珈琲の入った水筒を受け取る。
「十八時二十三分発アイ・ディシティ行き、改札です。乗り場は連絡橋を渡りまして四番線だす」
 構内アナウンスが別れの時間を告げていた。にわかに騒がしくなる駅の構内。束の間、ベイグリフトを離れる人、通りすがりに立ち寄っただけの人。それぞれの思いが小さな切符に篭っている。
「行くぞ、ミーナ」
 ウィリアムはミーナの背中をポンと軽く叩いた。すると、もう行くの? と、抗議するような淋しさの色を湛えた大きな瞳がウィリアムの方を向いた。
「また、会えるから。な?」
 ミーナはウィリアムの上着の裾を掴んで思い切りよく引っ張って、涙を溜めた眼を従えて首を大きく横に振った。昨日、ここに着いたときとは全く逆の反応だった。困ってしまったウィリアムは取り敢えずミーナを抱っこして改札口を抜けようとした。
「じゃあ、兄貴……」
 ウィリアムとミーナが改札を済ませて振り向いたら、見送りの三人とも改札を越えていた。
「……入場券だ。どうせ、しばらく帰ってこないつもりなんだろうから、最後まで見送るさ」
「四番線に、列車が入りま〜す。十八時二十三分発、アイ・ディシティ行きダス。停車時間は二分ちょうど。十八時三十一分発ベイグリフト近郊線、モーリー行きはまもなく改札です」
「ホラホラ、ウィル兄。ぐずぐずしてたら置いてかれるよ」ベルクール。
「あ、ああ」
「これ、逃したら、アイ・ディシティ直通のやつは九時過ぎまでないんでしょ?」
 フィントがベルクールの言葉にプラスアルファと付け加える。ウィリアムは連絡橋の階段を上りながら、フィントの顔を真顔で見つめて問い掛けた。
「ミーナも大きくなったらお前みたいになるのかな」
「あ〜ら、わたしより、美人よねぇ〜?」間髪を入れずに素早く答えた。
「〜〜」返答に困ってしまって、ミーナは真っ赤に顔を染め上げた。
「ハハ、やっぱり、可愛いナ」
 階段を下りきったところで、風邪きり音が聞こえて、プラットホームに列車が進入してきた。ブレーキの乾いた摩擦音がする。自動扉がガラッと開く。すると、車内の光がスーッとプラットホームに漏れ出した。普段はフツウに見えるその光景も、こんなときだと不思議に見えた。
「アイ、十八時二十三分発、アイ・ディシティ行き間もなく発車ダス。お見送りの方は白線の内側までお下がりください」
「おっと、急がなくちゃ。じゃあ、今度こそ、またな。兄貴、ベル。それにフィントも」
「あら、わたしはオマケってワケ?」腕を組んでふてくされて見せる。
「ハハ! 違うよ。そう、リーブスにもよろしく言っておいてくれよ」
「判った」
 ウィリアムはミーナを抱き抱えたまま列車に飛び乗った。
 ジリリリリリ。発車ベルがプラットホームに鳴り響く。ピーッ! 駅長の笛の合図と同時に扉が閉まる。ゴトン。車体が大きく前後に揺れた。カタン……。カタン。カタンカタン。カタンカタン。車輪がレールの継ぎ目を越える音が次第に早くなる。
「ネ、レイ兄。ウィル兄が行っちゃうよ。何か、言わなくていいの」
「ベルに言われなくても言いたいことはあるさ」
 笑みが漏れる。そして、走り去ろうとする列車に向け、声の限りを尽くして叫んだ。
「ウィル! また、絶対に帰ってこいよ! 遠慮することなんかない!」
 その声が届いたのか、列車の窓が一ヶ所するすると開いた。そして、ウィルが顔を出し、それに倣ったのかひょこっとミーナの顔が隣に現れた。
「ああ! 必ずだ! 今度は、喋れるミーナを連れてくるゼ」
 それじゃあ、またねとミーナの顔が言っていた。