--. openning(最初の記憶)
そこは薄暗く窓のない部屋だった。壁に取り付けられた四つの燭台からでる細々とした蝋燭の灯りだけがこの狭い部屋を照らす。微かに揺れ動く炎。その炎によりユラユラとする陰影。すすけた天井。石造りの壁。
ココハドコダロウ……。
夢……。微睡みに見た夢に似ている。首を左右に振ると、まるで酔っているかのように視界がぐらぐらと大きく揺れた。気持ちが悪い。助けを求めようと声を出そうとしても、声が出せない。けれど、あの扉を訴えるように激しく叩けば、きっと届く。
床を這い、あの扉へ――。
けれど、手は届かない。何かが足首を掴み、壁際に引き寄せようとしているかのように。そう、過去に思いを馳せるとただの一度もあの扉に届いたことはない。あの外の世界を、煌めく光のある世界を諦め、離れていったのはいつのことだったろう。どこからともなく吹き入る風に揺らめく蝋燭の炎の底に身をやつしたのはいつだったか……。
人のいる気配すらない石造りの狭い部屋。土の地面よりも固い寝台。無造作に転がる金属製の食器。天井から思い出したように稀にピチョリと落ちてくる水の雫。それにうがたれた石床の穴。全てに見覚えがある。確かにここに居た。
デモ、ココハドコダロウ……。
曖昧な映像は記憶の奥底に沈んでいた。まるで枷をはめられて水底から浮き上がってこられないような奇妙な感覚。封ぜられた記憶。扉の向こうに手を伸ばせばきっと届く。けれど、手を触れてはならないという無言の制止。――誰が……?
そこは薄暗く窓のない部屋だった。壁に……。
文:篠原くれん 挿絵・タイトルイラスト:晴嵐改
|