01. came from far land(遠いトコから来た剣士)
「ここが……リテールに名高いエルフの平原か……。エルフが住んでいそうな気配はしないんだけどな。どこのどいつだ、こんな場違いな名前を付けたあほんだらは」
剣を携えた剣士風の男は方々を見ながら呟いた。名はアーネストという。遙か西方ではそれなりに名の売れた剣士だ。野望もでかければ下心もでかいと揶揄されることもしばしばだが、十指に入る実力の持ち主なのは間違いない。
「そもそも、エルフは“森”に住むもんじゃなかったか……? ――だが、腹減った――。こんなに何もないところを通るんだったら、もっと、食料を蓄えておくべきだったな……」
がっくり。自分の計画性のなさ、行き当たりばったりさ加減に嫌気がさして来るが、一番近くの集落から三日以上も離れてしまえば手遅れみたいな物だった。行くも地獄、戻るも地獄。どちらにしても最低数日は空腹に耐えなければならない。ぐぎゅる〜〜。
「もお、ダメだ……」
アーネストは頭から前のめりに倒れた。空腹も極まれば食欲もなくなると言うが、まだそんな境地には達していない。腹の虫が元気に“食え食え”と喚き立てるのだ。そうだからこそ、草の実でも木の実でも食えそうなものがあれば食うのだが、何も見当たらない。ここまで来て、とうとう悪運にも見放されてしまったらしい。
(――俺の輝かしい人生もこれでお終いか。――惨めだ……)
と思えば、名残惜しい。が、こんな情けない死に方は真っ平ごめんだ。死の床で、家族か愛する人に見守られて……の幸せな最期を迎えられるとは思っていないが、これではあんまりだ。アーネストは往来でぶっ倒れているのだけは避けたいとばかりに、腹這いのままズリズリと道端の木の幹に抱きついた。が、このままでは腰が異常に痛くなりそうだ。
そんなことを思う余裕があるのなら、当分死にそうもない。
アーネストは姿勢を変え幹に寄りかかると、ほけ〜として空を見上げた。真っ青。気持ちいいくらいに抜けるような空。ついでに腹が減りすぎてまるで胃潰瘍にもなったかのような痛さ。最悪だ。こんな自分に少しでも恵んでくれる奇特な人が現れたら、抱きついてチューをしてあげたい。などとぼんやり考えていたら、時々、意識がぶっ飛ぶらしく、太陽の位置がストロボ写真のように飛び飛びに移動してるように見えていた。
「……もし……? ちょっと、もし?」
(誰? 俺はもう、動けないのだよ)朦朧とした意識で、口の中でアーネストは答えた。
「……こんなところで、行き倒れとは……」気の毒そうにその声は言った。
「――は、腹減った……」
幻聴でないなら何かもらえるかもとアーネストは無意識のうちに声を出す。そして、目を開けて見ると、心配そうな表情を見せる人がいた。これは是が非でも、夜盗まがいでも、物々交換でも何かをもらわないと。こんな片田舎で、こんなチャンスは二度と巡ってこないかもしれない。
「な、何かください……」切れ切れの声でアーネストは言った。
「――乾物でよければ、少し分けてあげましょうか……?」
「く、食えるものなら何でも」
アーネストは旅の商人と思しき男の足下にすがった。ここで何かを食わねば、本当に死んでしまいそうなほどに腹が減った。こんなところで餓死してしまったら、後世までのお笑い種になってしまう。怪物に食われてしまったとでも語り継がれた方がずっとましだ。
「では、これを……」
商人は大きな鞄から干し肉を一切れだけ取り出して、差し出した。アーネストは肉と見るやいなや商人の手から干し肉をもぎ取って口に運んだ。腹と背中がくっつきそうなほどに腹が減っている。恥や外聞よりも腹を満たすことが最優先事項だ。
「……剣士さまはこんな辺鄙なところを通ってどちらへ?」
「うん、あ? シメオンだか、ナニオンだかって言う田舎町へ。取りあえずは。風の噂じゃ、あそこの山羊の乳だか、牛の乳だかは最高らしいじゃないか。ついでに山羊がいるって事は山羊の肉、牛がいるって事は牛肉が食えそうな予感がしてね。どうだい?」
アーネストは目を煌めかせて商人にのたまった。
「まぁ、確かにそうですけどね。あの街に行きたいのなら、こっち側からじゃなくて、北側から行かなくてはダメなんです。――悪いことは言わない。テレネンセスまで引き返した方がいい」
商人は言うのもはばかられるかのように、アーネストの耳元で囁いた。
「何故だい? シメオンを越えたら、俺はこの道の果て向こうまで行きたいんだ。引き返せない」
「……」男は一瞬、目を伏せた。それからそっとアーネストの耳元で囁いた。「出るんですよ。怪物が。このご時世に怪物なんか馬鹿げてるなんたぁ思わないでくださいよ。今までに隊商の若い衆が何人も餌食にされてるんです。直に見たものもいるんでさぁ」
アーネストは頭の後ろで手を組み後ろにひっくり返って、天を仰いだ。
「そう言う時こそ、剣士の出番だ。まさに俺がピッタリだろ? ――それにそれだけ人を喰ってるなら賞金も相当なものだろう。え? 幾らだ」
アーネストは欲にぎらつく瞳で、男に詰め寄った。
既に貯えも尽き果て、おサイフも大ピンチを迎えていた。
「さぁねぇ、千とも、万とも聞きますが実際の金額は判らないですよ。名だたるハンターが返り討ちですから、日替わりで賞金額が変わるんです。どれが最新の情報だか……」
例え日替わり、賞金未定だとしても、金貨一枚もらえるだけでも今のアーネストには十分だ。出来ることなら、金貨よりも食い物に直接ありつけた方がとても有り難いのだが、この際、贅沢は言っていられない。もらえるものは何でももらっておく。それがアーネストのポリシィなのだ。
「悪いことは言いませんから、ここは北へ回るルートをお取りになった方が……」
「いや、遠回りしている時間がもったいないから、俺はこのまま行く。……あぁ、それから食い物をありがと。お陰で飢え死になんて言う恥ずかしい事態にならずにすんだ」
アーネストは子供みたいに激しく手を振って別れの挨拶をすると、商人の忠告を完全に無視してズンズンと同じ街道を突き進んだ。たらふく食ったとは言えないけれど、適当な量の干し肉を食わせてもらいアーネストは上機嫌、気も大きくなっていた。
「出てくるなら、出てこいっ!」
それくらいで出てくるなら怪物のレベルもしれている。アーネストは行けども行けども野原の続くエルフの平原をひた歩く。風景は変化に乏しく、退屈だ。それでも、シメオンの名物にありつくべく、どんどん歩く。そして、日も暮れかけたころ、フと気がつくとローブ姿の魔術師風の老人がアーネストのずっと前をゆっくりと歩いていた。
(じいさんが一人か……)
商人の話ではこの街道筋は全く安全ではないという話だったが、老人はそんなことはお構いなしまるで何も気にしていないかのような様子で呑気に歩いているように見えた。これは魔術師風の老人が本当に魔術師であり途轍もなく強いか、さもなくば商人の話が大嘘の可能性がある。
最悪、どちらでも構わないが、アーネストは取りあえず老人に声をかけることにした。もしかしたら、何か耳寄りな話を知っていて、大金が転がり込んでくるかも……。
(そんなワケはないな――)
アーネストはふわふわと湧き上がった妄想を頭を振って吹き飛ばした。
と、全くの不意である。魔術師の歩く道筋の草むらから毛むくじゃら(?)の何か変なものがガオーと立ち上がった。毛足は長くストレート、毛色は茶色、筋骨隆々でがたいはいい。瞳を爛々と輝かせ、鼻息は荒い。身長は魔術師のゆうに一・五倍はありそうだ。とにかく、怪物然とした生き物だ。これが商人の言っていた怪物なのは二百パーセント間違いない。懸賞金。アーネストの頭の中はその三文字で完全に支配されていた。
「あれは俺さまの獲物だ……」
アーネストがじっと見ている間に、怪物は魔術師の目前に今にも襲いかからん体勢で立ちはだかった。けれど、魔術師は動じる様子は全くない。普通、あんな化け物じみた怪物に出会ったら、腰を抜かすか、慌てふためて逃げ出すような気がしないでもない。やっぱり強いのだ。とアーネストは決め込んだ。けど、アーネストはまだ希望を捨てていない。
(あのじいさんがしくじったら、どさくさに紛れて……。俺のものに)
取りあえず、アーネストは後方から魔術師の戦いぶりを見学することにした。
魔術師は杖を高く天にかざした。何か魔法を使うつもりらしい。遠くからでも、呪文を唱えている様子がはっきりと見て取れた。天空に閃く一筋の光。次いで、大地を揺るがす大音響。魔術師は雷術系の魔法を用いたようだ。
「う〜ぬ、こりゃ、やっぱり、今日の獲物は魔術師さまにとられたかな……?」
アーネストは詰まらなさそう、残念そうに後頭部をワシャワシャと撫で回した。
ところが、周囲が丸焦げになるくらいの雷撃を喰らったのに怪物はケロッとしていた。かすり傷一つ、美しい毛並みが焦げた痕跡すらない。それどころか、さらにパワーアップ。怪物はゴリラよろしくドコドコと胸を打って、気合いを充填している。しかし、気合いを充填してるからと言って強いとは限らない。むしろ、そうだからこそ弱っちいことを願わずにいられない。アーネストは剣の柄をギュッと握り締め、鞘から抜き構えた。勝てる……ような気がする。
「下がって! ここは俺が……!」
ここぞとばかりにアーネストは飛び出した。ここで行かねば男が廃る。この怪物に恨みはないけど、ここで会ったが百年目。剣のサビにして、懸賞金をいただくか、たらふく食わせてもらうのだ。目的が不浄なことこの上ないが、アーネストは強い。アーネストは猛然とダッシュして魔術師の横を疾風のように駆け抜けた。
「こいつが俺のおサイフだぁ!」
などと意味不明の雄叫びをあげて、アーネストは怪物に斬りかかった。怪物は変なものを見るようなキョトンとした様子でアーネストを見ている。まるで、余裕。慌てたり、迎え撃ち、逃げ出す様子を見せもしない。これはアーネストにしてみたら大チャンス。ここで仕留めることが出来たなら、魔法の効かない怪物と本気の一騎打ちという避けたい状況が避けられる。
「たぁああぁあっ!」
気合い満々に、普段は出しもしない奇声を発する。きん。変な音がした。
「ん……?」
刀身が根本からぽっきり折れて、くるくると宙で回転して、アーネストの真後ろの地面に突き刺さった。あまりのびっくりさ加減に声も出ない。怪物の皮膚が鋼で出来ていて剣の刃を通さないのか。それとも、たまたま今回、金属疲労で折れただけなのだろうか。アーネストは折れた剣をちらりと見た後、思わず怪物と睨み合って、ニーと笑いあってしまった。そして、手を振る。
「――ばいばい」
と言って、怪物がおさまろうはずもなく静かに後退っていたアーネストににじり寄る。サイフもピンチだが、命はもっと大ピンチ。アーネストはあろう事か怪物に背を向けて一目散に走り出した。得物が必要だ。丸腰のままではどう考えても勝てっこない。アーネストのちょっぴりかじっただけのエセ魔法なんか、怪物の硬い鱗のような皮膚にきくとはちーとも思えない。魔術師の魔法がダメなら、自分の魔法なんて蚊が刺すほどにもきかないだろう。
「何かないか? 何か……」
何もない。これは肉弾戦、決定か。しかし、丸腰ではどう考えても勝ち目はなさそうだ。このままでは今日の晩飯にさえありつけない。アーネストは意を決し振り返った。人間、為せばなる。飢えとと乾きで野垂れ死にするも、怪物に伸されるも同じ。どうせ同じなら、少しでも格好いい方がいいと思った瞬間、アーネストの前に剣が投げ込まれた。魔術師が己が剣を放ったらしい。
アーネストは惑うことなく剣を手にした。渡りに舟とはまさにこのこと。アーネストは剣に飛び掛かり、一回転しながら拾い勢いで起き上がった。
「さぁ、来い。さっきまでの俺さまとは違うぞ」
いきなりの勇気百倍。やはり、剣を持つか持たないかで気の持ちようも変わってくる。さっきみたいにぽっきりと言うこともないとは言えないが、そこは考えないようにして、例えきれなくても精神力と力業で一刀両断、剣の錆にしてやろう。
アーネストは剣をしっかりと上段で構え、ギラリと研ぎ澄ませた視線で怪物を突き刺した。
が、怪物は物怖じするどころか、突っ込んでくる。アーネストはそれを利用してやろうと考えた。怪物はさっき剣を折ったことで、いい気になっていることだろう。剣如きに斬られはしまいと思っていることだろう。それを逆手にとってやるのだ。
賭だ。硬そうな皮膚をこの剣は貫けるだろうか。そんな不安は太刀筋を鈍らせる。アーネストはその不安を深呼吸で吹き飛ばし、迫り来る怪物と向き合った。
「ガオオォオォオオオ!」
パワー勝負の怪物らしい。アーネストは剣を怪物の腹に向けた。怪物が突っ込んでくる力を利用して、一刀両断。先程とは違い、あれ? と言うほど手応えなく怪物は二分の一ずつになった。アーネストはあまりの呆気なさにかえって驚き、立ち尽くしてしまった。
「な、何が起きたの?」
アーネストは目をパチパチ。そこへ拍手をしながら感心しきりの様子で魔術師が近づいてきた。
「いやいや、全く、あなたが腕の立つ、剣士さまで助かりました」
「いえ、当然のことをしたまで……。それほどのことでは……」
と言いながら、ちょっとだけ後ろめたい気持ちになるのは何故だろう。
「剣士さまが通りがかってくださらなければ、このヴェイロン、少々危ういところでした。この付近に住んで長いんですがね。こんな近くにあんな化け物がすんでいようとは知りませんで……」
ヴェイロンは一体何を見て暮らしていたんだと、アーネストは思ったりもする。
「はぁ……」どう答えたらいいのか、頭を掻きながら生返事をした。
「剣士さま、わたしの屋敷はすぐ近くですから、お立ち寄り願いますかな? 命の恩人のために今宵は化け物退治をした祝杯といきましょう」
見通しの良い平野に屋敷は見えなかったと思ったのだが。祝杯をあげてもらうのは文句なしに嬉しい。だが、見えないものがあると言われてもにわかには信じがたい。
「近くに……?」アーネストは眉をひそめて問う。
「ええ。魔法で隠しておりますから。なぁに、安全のためですよ。こう見通しがいいと、いつ変な輩に襲われるとも限らないですからな」
「……なるほど。では、お言葉に甘えて――」取りあえず、納得。
アーネストは軽い気持ちででオーケーして、ヴェイロンのあとを付いて歩く。商人のおこぼれに預かったくらいでは空腹を完全には満たせなかった。だから、もはや選択の余地はない。ヴェイロンはかなり不審で、怪しすぎる気配もするのだが、背に腹は代えられない。
しばし、歩いてヴェイロンは何もないところで立ち止り、パンと手を打った。すると、滅多に見られない光景を目の当たりにした。虚空から湧き出るかのように屋敷が現れたのだ。こんな大きな屋敷を隠しておけるなら、相当凄腕の魔術師と目されるのだが、さっきは何故、怪物に後れをとったのだろう。尋ねたい衝動にも駆られたが、アーネストは問わずに他のことを言っていた。
「こんなところにまた、随分とご立派なお屋敷が」
「それ程でもありません」
ヴェイロンはとてもにこやかに言い、アーネストを屋敷に誘った。
荘厳な門柱、どこまでも続く塀。屋敷もアーネストが今まで見たこともないくらいにすばらしい。が、真っ白い壁、真っ赤な屋根、大きな窓の屋敷は平原には似つかわしくなく、異質だった。アーネストはちらりちらりと周囲の状況を確認した。
(周りに資材になりそうなものはないが……、どこからこんな量を運んできたんだか……)
玄関をくぐると召使いさんがたくさんいた。アーネストはびっくりして口をあんぐりと大きく開いて惚けたように見入ってしまった。建物の豪華さよりもむしろそっちに目がいくくらいに。
「これ、こちらの剣士さまに食事のご用意を」
ヴェイロンはメイド長らしき召使いさんに声をかけた。召使いさんも心得たものなのか、突然の来訪者、そして、突然の食事命令にも全く動じる気配すら見せない。
「かしこまりました」召使いさんはスッと一礼をして下がった。
田舎に大屋敷があるだけでも不思議なのに、その上、大勢の召使いさんを雇っているとはなお不思議だった。それともこのヴェイロンという男、途方もない額の資産を持っているのだろうか。アーネストは失礼にならないように気を配りながら、ヴェイロンの頭から背中にかけてマジマジと見詰めた。見窄らしくはないが、どう甘く見積もっても大金持ちどころか小金持ちにも見えない。
「……? どうかなさいましたか?」
「い、いえ、何でもありませんよ」危ないところだった。
その後、お部屋に荷物を置いて、アーネストは食堂に通された。
その僅かばかりの時間に、食卓はすっかり準備されていた。たったの五分も経過していないはずなのに。しかし、どうやって短時間に食事を用意したかと言うことより、腹を満たす方が先決だ。アーネストは誘われるがままに席に着いた。食卓は豪華である。見たこともないような珍品から、リテール全域でよく見るフツーの食材まで。
アーネストは思わず舌なめずりをした。こんな辺鄙なところで、こんなご馳走に出会えるとは。幸運を通り越えて、もはや奇跡とも言えよう。アーネストはナイフとフォークを手に取るとまるで遠慮することなくガツガツと食い始めた。一言で、とてもお下品だ。
その様子をヴェイロンはニコニコ、召使いさんたちは唖然としたように見守っていた。
「ワインもいかがですかな? 剣士さま」
アーネストは勧められるがままにワイングラスを手に取ると一気に飲み干した。
「――あれ〜。何か、めまいが……?」
「一気に飲み干したせいでしょう。もう少し、味わってはいかがかな?」
「何の、これしきで酔っ払うような俺ではないぞ……?」
けれど、十分すぎるほど効いているような気がする。目眩はまだまだ序の口と言いたげに、どんどん酷くなっていく。酒如き、しかも、ワイン一杯くらいでぐでんぐでんに酔ったことはないのに。それとも、このワインには酔いを激しく回すクスリとか、毒薬とかが溶け込んでいるのか。
「……。俺をどうにかしようとしてる?」
アーネストはテーブルに身を乗り出して、正面のヴェイロンに微妙に詰め寄ろうとした。
「滅相もございません。命の恩人におかしな真似はしませんよ。――むしろ、それはお礼です。アーネストさまに誰もが手に入れたいと思い、手に入れられないものを……進ぜましょう……」
その微笑みの裏に何かがありそうな気がしないでもない。しかし、アーネストは既にほろ酔い加減。いい気分になってきて、ヴェイロンが何を企んでいようとも許せそうな気さえする。もし、手出ししてきたとしても剣術ならば、絶対に負けない自信がある。
「そお? じゃいいや。もっと、持ってこい!」
アーネストはもはや、遠慮しない。ここで食えるだけ食って、食い溜めしておかねば、またいつまともな食事にありつけるか判らない。アーネストは胃袋のご機嫌など聞きもせずに。手の動くまでに食べ物を口に運び続けた。もう、味もおいしいんだか、おいしくないんだか判らなくなるほどにかき込んだ。が、突如、アーネストの手が止まった。
「……。う……」胃がムカムカする。
「ははっ! 清々しいくらいに豪快に食事をなされる方だ。どうですかな? 夜も更けてきたことですし、今宵は是非、拙宅にお泊まりになられては?」
ヴェイロンはさらに不自然なほどの満面の微笑みを浮かべる。
「これだけのもてなしを受けて、さらにお泊まりまで許してもらえるのですかな?」
アーネストはすっかり出来上がって、王様気分。矢でも剣でも持ってこいの勢いで、怖いものなし。ヴェイロンの屋敷と言うことも忘れて、半ば我が物顔に振る舞っていた。
「もちろん。ご自宅と思っておくつろぎください」
「……ご自宅ね。――じゃ、気ままにやらせてもらうよ」
上機嫌にアーネストは手をヒラヒラと振って、立ち上がろうとしたら思い切りよくふらついた。自分ではまだまだ行けると思っていたが、どうやら知らぬ間に限界を超えてしまったらしい。アーネストはフラフラしつつ歩き始めた。が、くるくるくる〜と世界が回って、膝をついてしまった。
「おりょ?」おかしい。
「大丈夫ですか、剣士さま。やはり、召使いに部屋まで案内させましょう」
「のーぷろぶれむ! 俺さまは一人でも大丈夫。確か、お部屋はここを出て、真っ直ぐ行って、一つ、二つ、三つ目だったかなぁ?」
さらにヒートアップ。ほろ酔い加減だったのに、どんどん酔いが回ってくる。アーネストはそれでもまだまだいい気分、千鳥足で歩け、歩け。激しくゆらゆらしながら進んでいく。
「……真っ直ぐ……?」
ハタと自分が真っ直ぐ歩いていないことに気がついた。こんな調子では無事にお部屋に辿り着けないぞ。何せ、お部屋は真っ直ぐ言ったところにあるのだから。そう思うと、面白くなってきて不意に笑い+αが込み上げてきた。
(まずい。このままでは……何もかもぶちまけそう……)
アーネストは何を思ったのか、突如、壁にヘッドバットをかました。酔いがさめるかも。
『Good! ナイスな判断だ。Hip! Cool ! Cool! Cool!』
「……?」
酔いを覚ますつもりが余計に酔いが回ったらしい。幻聴らしき声が聞こえたような気がしないでもない。しかし、そんなことは気にしない。アーネストは上機嫌になって、跳ね回り。スキップしてお部屋へと急ぐ。と、第一扉発見。最初に通されて荷物を置いた部屋は確かここ? 小首を傾げる。どこもそこも似たような扉が連なっていてどれがどれやら判らない。やはり、召使いさんに案内してもらった方が良かったかなとアーネストは思い始めた。が、今更、あとに引く訳にはいかないのだ。変なプライドを胸に秘め、アーネストは第一扉を素通りした。
文:篠原くれん 挿絵:晴嵐改 タイトルイラスト:ぽに犬
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