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02. bumpy
duo(凸凹コンビ“再”結成)
ゴーン、ゴーン。ゴーン。終業を知らせる鐘の音が学園中に響いた。と、同時に教室という教室の戸が一斉に開き、静けさに包まれた廊下があっという間に賑う。その雑踏の中をデュレは不機嫌に廊下を踏み鳴らしながら歩いていた。
(……今日のデュレはまた一段とピリピリしてるね。何かあったの?)
(放課後、学園長に呼ばれたらしいよ)
(はぁん、そうか。こういう時は大抵、ロクでもない仕事を押しつけられるって言ってたな)
デュレはそんな同級生たちの言葉は聞こえない振りをして学園長室に急いだ。期末試験も近いし、学園長の気まぐれに付き合ってる暇なんてない。ついこの間だって、学園長の謎めいた依頼に付き合わされて散々ひどい目にあったばかりだというのに。今度は何? 苛立ちだけが募る。学園長室にたどり着いて、デュレは遠慮なしにノックすると返事よりも先にドアを開いた。
「お。デュレくん、来てくれたね。早速だが……」
「嫌です!」話も聞かずに憮然としてデュレは言い放った。
「どうしてだね?」落ち着き払った口調だった。「授業外のことであるし、相応の報酬も支払うつもりでいるのだがね?」机の上で手を組んでデュレを見詰める。
「お金の問題じゃありません」
「では、何が問題なのかね?」
穏やかな口調で言われ、デュレは言葉に詰まった。イヤなものはイヤだと言えるはずもなくてしばらく黙りこくっていると学園長が先に口を開いた。
「実はキミにはシメオン遺跡へ行って発掘調査の監督をしてもらおうと思ってね。無論、表向きは卒業実習と言うことにしてある。これが書類だ。サインしてもらえるかな?」
学園長はひらりと紙をデュレに差し向け、その瞬間、嫌な予感が的中した。卒業年次に入ってからこれで二回目。通算五度目の依頼だった。そのうち、二度はセレスがいて、デュレ自身、さんざんな目にあった。
「どうしてわたしがあんなところまで行かなきゃならないですか。そんな実習をしなくても卒業の単位は足りてるはずです。と言いますか、一体、幾つ目の卒業実習なのかしら」悪辣な笑み。
「いや、確かにそうなのだがね、デュレくん」学園長は禿頭に浮かんだ汗をハンカチで拭った。
「……。何がどうでもわたしはいやです。シメオン界隈は魔物の巣窟。屈強な剣士や、有名な探検家でさえ、いやがる土地柄なんですよ? 何でわたし? 他に卒業の単位が怪しいのはたくさんいるじゃないですか」もう、腹立たしくてどうにもこうにも止まらない。
「しかし、適任は君しか考えられんと教授会で全会一致でね」
「だから、どうしてシメオン遺跡まで行く必要があるのか教えてくださいって言ってるんです」
「セレスくんが……」
「はぁ?」
訝しげに素っ頓狂な声を上げてしまった。セレスと組んでの仕事にいい思い出なんて全くない。セレスはよく言えば無邪気、だけど、とっても移り気だった。色んな意味で勘は鋭く停滞を打破するには割と便利な存在だった。けれど。そこにはいつも“けれど”がつきまとった。
「セレスくんと一緒に仕事をして欲しいんだ」
「もっと、イヤ」デュレは思わず言ってしまった。
「……あのじゃじゃ馬を御せるのは君しかいないのだよ。デュレくんはセレスくんの能力を百パーセント引き出すのがうまいだろう?」
あれはうまいというのだろうか。口げんかの数々がデュレの脳裏をかすめて消える。
「じゃ、どうしてそのじゃじゃ馬を!」と言いかけてハタと気がついた。
作業態度はともかくとして、勘の鋭さだけは天下一品。セレスの右に出るものはいなかった。そのせいなのかセレスの関わった仕事では何かしの新しい発見があるのは紛れもないことだった。としたら、学園長がシメオン遺跡の発掘調査隊にセレスを入れたのうなずけてしまうのだ。協会は既に数十回に渡って調査隊を組織していたが、一向に成果が上がっていなかった。調査にはある種の閃きも必要だったからセレスに白羽の矢がたったのではないかとデュレは思った。
「……はぁ――」デュレは頭を抱えて大きなため息をついた。「判りました。行きます……」
それは半ば諦めにも似た返答だった。
*
「でさ、リボンちゃん。デュレが来る前にちょっと付き合ってよ」
「イヤだ」あっさりきっぱり、リボンは断った。「オレは眠たいの。今日は寝る!」
「そんなつれないこと言わないでさ。付き合いなさいよ」
セレスはむんずとリボンの尻尾をひっつかんで、思いっきり引っ張った。けれど、リボンはテントの床にしっかりと爪を引っかけてビクともしない。
「寝るったら、寝る!」がんとして譲らない。「どうしてもってなら、昼からにしろ!」
「判った、判ったから、ともかく、外に出なさいってば」
「……。出るだけだぞ?」胡散臭そうにセレスを見詰めて、リボンは渋々従った。
「そんなに睨まなくたって、何もしないって。あたしだって、バカじゃないだからさ。ま、ちょっと残念だけど、今度ばかりは一人で行くとまずいかなぁ〜なんて。ついでにキミを置いてってデュレにあることないことべらべらと喋られてもイヤだしね」セレスはベシベシ、リボンを叩いた。
「……一人で行ってわたしに知られると、何がどうまずいのかしら?」
「え……?」
ここにはまだいないはずの聞き覚えのある声がセレスとリボンの頭の上から届いた。フと気がつけば、リボンの尻尾の横におおよそ発掘には似合わないハイソックスと革靴の足がある。そのまま視線を上にもっていくと、どっかで見たことのあるような制服のスカート、紺色のブレザー。鋭い煌めきを持った黒い瞳に、ショートカットの黒髪。
「あら、随分とお早いお着きで……デュレ……」
「当たり前です。本来ならば手紙と同時に到着するはずだったのですが」
「そお言わず、一日どころか二日でも三日でも遅れて良かったのに」
「何を言ってるんです? ただでさえ、調査発掘が遅れてるのに。冬までに終わらなかったらどうするつもりですか?」
「いや、まだ、夏も始まったばかりだし……」
「そんなこと考えてると、あっという間に秋が来て、冬が来るんです! 呑気にしない。わたしが監督として来たからにはサボらせませんからね。特にセレスおねぇさま。いいですこと?」
「いいも悪いも、拒否できないんでしょ? ど〜せ」ため息混じりの投げやりな態度。
「それはもちろんです。とっとと終わらせて帰りますよ」
「やっぱね。あたしとしてはもっとゆとりを持って調査したいな〜なんて……」
「何をバカなことを言ってるです? 遺跡はシメオン以外にもたくさんあるんです。そんな悠長に構えられたら終わるものも終わらなくなります」
「へぇへ。判ったから、そんなムキになりなさんなって」片目を閉じて左手をひらひら。
デュレはセレスの態度にムカッと来たが、堪えてまるで何でもなかったかのように言った。
「で、セレス。何がわたしに知られたらまずいんだって? 言ってご覧なさい」
「あ、あら? まだ、覚えてたの」
「当然、セレスじゃあるまいし……。ともかく、何を探しに行く気だったのか教えてくださらないかしら。じゃないと」デュレがニコヤカに微笑む。「とっても楽しいことになるわよ?」
デュレがそう言う時には大概ロクなことにならない。それはセレスが一番よく心得ていた。ここは素直に従った振りをして、後でとんずらしてしまうのが得策だとセレスは瞬時に判断した。
「……判ったよ、もう、しゃあないねぇ。わがままなんだから」
「わがままなのはセレスでしょ」間髪入れずにデュレは言った。
「あははっ。ばれた?」セレスはごまかしに頭をかく。「ま、いいや。……そう、昨日ね」
それから、セレスは半分仕方なしに昨日見聞きしたことをデュレに話して聞かせた。キャンプから適当に歩き回って見つけた絶景ポイントから退屈だという話まで。デュレは延々と聞かされて、知りたい話にたどり着くのにかれこれ小一時間は経過していた。その間、デュレは熱心そうに相づちを打ちながら聞き、セレスは嬉々としていた。結局、デュレはセレスの性癖を心得ていて、一から十まで喋らさないと核心に迫らないことが多いのを判っていたのだ。
「……それって、問題じゃないかしら。ここ、協会の立ち入り禁止地区なの」
「判ってるけど、あたし一人だけだったし、リボンちゃんもいなかったし、夕方も近かったから、みんな、魔物に伸されちゃったら困るな〜と思って帰ってきたんだけど」
怒りの眼差しを向けるデュレに対して、セレスは伏せ目がちにモゴモゴと答えていた。見失ったから帰ってきたんだとは口が裂けても言えない。
「単独行動はするなって言われてるはずなのに、この娘ったら!」
そして、デュレは目を閉じておもむろに腕を組んだ。
「で、リボンちゃんって誰?」
「あれ〜? デュレ、知らなかったっけ?」
「少なくとも、うちの発掘隊の方たちではないでしょう。名簿にはない名前だし……」
「あ〜そうね。載ってない載ってない。絶対載ってない」にやにや。
「?」意味が判らなくてデュレは半分キョトンと半分訝しげにセレスを見詰めた。
「じゃさ、リボンちゃん、自己紹介」
「――俺だ……」
面倒くさそうな素っ気ない返事が下から聞こえた。その渋めの声にデュレは下を向く。
「――リボンちゃんって、フェンリル?」
「そだよ。結構、前からの知り合いなんだ」
それに対して、リボンは否定的に答えた。
「ただの腐れ縁だよ。それに俺は『リボンちゃん』じゃなくて、シリアだ。覚えておけよ、デュレ。こいつはどうも物覚えが良くなくてね」
「そうかしらね、リボンちゃん」にっこり。「どうして、セレスがそう言うネーミングをしたか判ったような気がしたから、それもいいんじゃないかなって」
「な?」驚きのあまりにリボンはしばらく固まってしまった。
「あは! 流石デュレ、物わかりが早い!」セレスは嬉しそうにパンと手を打った。
「と言いますかね。シリアくんのニックネームがリボンちゃんでもロン毛くんでも何でもいいんです。とりあえず今は」
「俺は何でも良くない……」
ムスッとしてリボンが言った。けれど、デュレは聞く耳も持たずに先を続けた。
「全く、役立たずなんだから。ホラ。その連中、確認しに行かないと」
「何で? それに今日は来てないかもしれないし……」ちょっともじもじ。
「……。いなかったら張り込みするの! 遺跡ドロボーだったら協会に報告しなくちゃならないでしょ? 取り締まり担当官に来ていただかないと……」
デュレは今後の展開についてあれこれと考え始めたようだった。けれど、一方のセレスはクールに思考するデュレの隣でやる気なさそうな大あくびをしていた。興味と好奇心の的がデュレに取られてしまいそうなのが嫌で嫌で仕方がない。
「セレス……」ちょうどそれをデュレが横目で見咎めた。「学園長に言いつけるわよ?」
「言いつけられたって困んないもんね。あたし、フリーだし、学園からの依頼がなくなってもやってけるもん。ねぇ、リボンちゃんって、あれれ?」
セレスはリボンの姿を探して、キョロキョロした。
「……リボンちゃんなら、呆れた顔して向こうに行っちゃいました」
「うわっ、ひっど〜い。後で覚えておきなさいよ!」リボンの後ろ姿を見つけてセレスは怒鳴る。
「覚えておくのはセレスでしょ?」デュレがキッとセレスを睨む。
「い?」ドキッとする。
「何でこう、学園長はこんなの選ぶんだろう?」デュレは大きなため息をついた。「いくら、人手不足だからって協会一の問題児を毎回毎回使わなくてもいいのに……」
頭を抱えて、デュレは横目でセレスを見やった。
「あのね……。そこまで言わなくていいんじゃない? 一応、成果は上げてるんだしさ」
「言いたくもなります! これまで二回、セレスと組んで、いいことなんて一回も」
「あ〜ん、どうせそうでしょうよ! あたしだってデュレと組んでいい思いなんてないもん!」
と、そこへどこかに行っていたリボンが見かねたかのように戻ってきた。
「あのなぁ。お前ら、いつまでそこでギャーギャーやってるつもりなんだ?」
「リボンちゃんは黙っててくれる?」セレス。
「黙ってるのはいいんだが……。デュレは遺跡ドロボーに興味があるんじゃなかったのか?」
「あ……。セレスの策にはめられるところでした。じゃ、行きましょうか、セレス?」
澄ましたようにデュレは言うけれど、言葉の節々にはとげがあった。
「へ〜へ。ご案内いたしますわ。これじゃ、どっちがおねぇさまなのか判りゃあしないって」
「ぶつぶつ言わない!」
「は〜い、はい……。もお、いっつもこうなんだから」
セレスは手を頭の後で組んで、気の抜けた返事をした。
*
「――やはり、ここでほぼ間違いないようだ」
ウィズは周囲と比べて一際高く積もった瓦礫の山を見ていた。二百二十四年前、黒い翼の天使たちに滅ぼされるまで協会総本山だった街。かつて、エスメラルダ王都と共に栄華を極め、一夜にして歴史から消え去った都。その真相は精霊核の伝説と並ぶ“リテールの謎”の一つだった。
と、ウィズが生きていた頃のシメオンに思いを馳せていると……。大男がしゃべり出した。
「しつこくて悪いが、ウィズ。その情報、俺は信用ならん。ここが大聖堂跡だというのはいいだろう。だが、絵に封じられた天使。久須那だったか? ――ほとんど神話の時代だ」
「ま、やってみるのが早道だろ?」諭すかのような三人目の男の声が割って入る。
「お前は黙ってれ。金魚の糞野郎が!」
「お〜お、言いたい放題言ってくれちゃって。ウィズ。こんな奴、放っていこうぜ。図体ばっかりでかくて、ココロのちっこい奴はいらんよ。ここで、もめている時間ももったいない、だろ?」
その言葉を聞き、ウィズは自身の前に立った大男に向かって言った。
「悪いな。奴らとやり合うまで、憶測に過ぎないが一ヶ月弱。向こうが黒い翼の天使で来るなら、俺たちは白い翼の天使を捜すほかない。判るだろ?」
「天使が一人いれば、テレネンセスだって壊滅できる。十人いれば、ここにみたいに瓦礫の山さ」
「否定的に物事を見るのはよそうぜ? まだ、終わった訳じゃない」
と、三人が輪になって論議しているところにデュレとセレスがやってきた。
「……あの連中、今日も来てるね……」遠くから見てセレスががっかりした風に言った。「あ、デュレ、そっち行ったら見つかっちゃうからダメだよ。こっち。こっちの木に登ったら向こうからはちょうど死角なんだ」セレスはニコニコしながら木に登る。
デュレは腕を組んで視線はセレスを追いかけていた。苦手なのだ。頭脳戦や魔法戦は大得意なのだけど、激しい運動系はどうも不得手だった。しかも、今日はスカートはいてるんだけど。と、頭の中でセレスに悪態をつきつつ、デュレは木に登った。
「三人……ですか……」
デュレはセレスとは幹を挟んだ反対側の枝に腰を下ろした。それから、その三人の観察を始めた。一人目は筋骨隆々の大男。ウィズという男にひたすら文句を言っているのが聞こえる。二人目はひょろひょろのっぽのお兄さん。黙って聞けばウィズに右にならえの優男。三人目がデュレに名が知れた唯一の男、ウィズだった。ちょっと見た様子ではどうやら、ウィズがチームリーダらしくて、デュレはウィズに興味を引かれていた。
「……。――エスメラルダの残党。多分。よく見て、ウィズと呼ばれてる男の帯びてる剣。よく見ると、紺色の紋章が刻まれている」
デュレに言われて、セレスは目を凝らした。
「は〜ん、確かにご立派な鷹の紋章が刻まれてるね。でもさ、亡国の紋章なんてありがたくないね。エスメラルダってもう、何百年も前に滅んだのよね? デュレ」
「そうですね。大体、シメオンが黒い翼の天使の襲撃にあった頃です。知ってるでしょ、セレス」
「うぎゅ、こうあんたってば何かにつけてあたしを突っつくよね? そんなに嫌い?」
「ええ、その適当なところが」横目でちらり。
「あっそ。あたしはデュレのそんなところがそこなかとなく嫌い……」
「そおですか。……でも」デュレはセレスの言葉を軽く聞き流した。「あの人たちと接触してみるのも面白いかもしれない……」三人の男たちを見詰め、難しい顔をしてデュレは言った。
「じゃあ、行ってみる?」慎重なデュレの横でセレスはもうやる気満々だった。
「え? あ、ちょっと待ちなさい!」
セレスは身軽にストンと枝から飛び降りて、ズンズンと歩いていく。
「いっつも後先考えないで行動するんだから。どうなっても知らないんだからね!」
後から怒鳴ってもセレスには全く届かない。気がつけば、セレスは野郎どもに声をかけていた。こうなってはデュレも隠れていられなくなって、セレスを追いかけて走った。
「ねぇ、キミたち。ここは協会の立ち入り禁止地区なの知らないの?」
その次には、男たちの間に緊張が走ったのが見て取れた。セレスには予想通りだったのか、動じることなく不敵に笑みを浮かべている。腕を組んで、付かず離れずの間合いを取り、弓の射程に入るところから男たちに声をかけていた。
「協会か?」ウィズと呼ばれていた男が言った。
「う〜ん。一応、そお言うことになるんだろうね。許可もらってるし。でも、ま、あたしはフリーの遺跡ハンターってことで通してるけど」
「……だが、協会の名を出すからにはただの賞金稼ぎではあるまい?」
「誰がハンターですか。そんなご大層なことなんてできないくせに」
と、セレスの後から声が聞こえ、男たちは一斉にそっちを向いた。
「まぁた、悪口言ってるよ、この娘ったら」
声をかけた相手をそっちのけにして、つい口げんかを始めてしまう。セレスは三人組から視線を外してデュレを見てしまった。
「なあ、これはチャンスなのか?」
「ああ、多分な――」
けど、何故だか言い合いを繰り広げる二人から視線をはずせない。
「じゃあ、逃げるか?」けど、全員が二の足を踏む。
「逃げたら、もうここにはこれないぞ」優男。「ウィズが諦めるならいいが」
「困るな。天使がいないと勝機が見えない」
「じゃ、決まりだな」
聖堂跡へ。崩れずに残った奇妙な入口から地下へ降りる。残った資料によれば聖堂地下は迷宮になっているという。それはあってはならないはずのもの。人目に触れる前に破棄されるべきだった極秘資料に記されたものだった。一千年紀以上遡り、協会暗黒時代の終焉まで現役だったという拷問室までそこにはある。
「あまりいい気はしないが……」
「魑魅魍魎どもが徘徊してそうだしな」
妙に不自然なやりとりをしながら後ずさり。そして、踵を返そうとした瞬間、高速の矢がウィズの足元にざっくりと突き刺さった。
「ちょっと待ちなさいよ、あんたたち。あたしたちを無視してどこに行こうっての?」
とても不機嫌な声色。そんなセレスの後では闇護符を手にしたデュレの姿があった。
「これ、簡易魔法だけど、喰らえば二、三日、動けなくなるわよ?」不敵に微笑む。
「それとも、あたしの百発百中の悪夢の矢を喰らいたいのかしら?」
「どっちも勘弁していただきたいものですな」ひょろなが男が丁重にお断り。
「じゃあ、遺跡ドロボーじゃないってことを証明していただけるかしら」
悪辣な笑みを浮かべてセレスが言った。けれど、一同は顔を見合わせて答えはなかった。
「は〜ん。つまり、ドロボーさんでいいってことね。じゃさ、デュレ、遠慮なく報告しちゃいないよ。リボンちゃんに頼んだら半日もかからないよ」
セレスはその間、ずっとウィズから視線を外さなかった。
「――俺たちは泥棒じゃないさ……」とても穏やかな口調でウィズは言った。
「――絵を探しに来たんでしょ? 久須那の封じられた絵」セレスは腕を組み流し目でウィズを見ていた。そして、驚きに変わるウィズの顔色を見てちょっと得意げ。「精霊核の伝説に出てくる天使よね。けど、協会の歴史探索に協力してくれてる訳じゃなさそうだし、ど〜する気?」
「さあな」ウィズもセレスから目を逸らさない。「答える義務はないだろ?」
「ふ〜ん、だってさ。デュレ。やっちゃおっか? 引き渡すのなんてそれからでいいんじゃない」
「待ちなさい、その前に話を聞かせてもらいましょう。でないとここからどこへも行かせません」
先走ろうとするセレスを制して、デュレが前にでた。
「何だって小娘が」大男が言った。
「――小娘かどうか試してみますか?」デュレは再び闇護符を掲げた。「手加減はしませんよ」
「魔法より、俺の剣の方が早い」
と言うが早いか、大男は剣を抜き放ち、デュレに襲いかかった。しかし、デュレとてセレスほどでないにしろ身軽だ。大男の剣はデュレの元いた場所で大きく空を切り、デュレは一跳躍で遙か後まで間合いをあけていた。
その次に、デュレは闇護符を左手で体正面に構え、右手で印を結び短く何事かを呟いた。
「後悔しますよ。もっとも……、無事だったらの話ですけど」
瞬間、デュレか一メートルもない場所に身の丈ほどの闇色の魔法陣が現れた。円の中に六芒星が描かれ、更にその中の六角形の内側に閉じられた大きな目玉のようなものがあった。
「滅せよ!」
デュレが奇妙に落ち着いた口調で言葉を放つと、魔法陣の瞳がカッと見開かれた。
「あ〜あ、知らないんだ〜」デュレの後でセレスが言う。
そして、深遠な闇を宿した瞳は大男の姿を廃墟の街から消し去っていた。ウィズや優男は瞬間、何が起きたのか理解できない様子だった。今までその場にいたものが痕跡を一つも残さずになくなってしまったのだから、当然の反応かもしれなかった。事実、闇魔法に精通するものでもない限り、理解の範疇を越える出来事だった。
「何をしたんだ?」
「さあ? 答える義務はありません」デュレはにやりとした。「ともかく、どちらにしてもわたしたちに手をあげるとこうなると言うことです。それでも黙秘しますか?」
圧倒的な恐怖を伴う説得力がそこにはあった。ウィズは唖然とも呆然とも似つかない複雑な表情のままデュレを注視して硬直していた。
「……黙ってるのはひっじょうに危険な行為だとあたしは思うけどな」
セレスは頭の後で手を組んで素知らぬ風にさらりと言ってのけた。
「判ったよ。俺の負けだ。消されるくらいなら喋った方がましだよな?」
「あ? ああ」優男が戸惑った風にウィズを見て頷いた。
「……エスメラルダ期成同盟だ。黒い翼の天使を擁する邪教の排斥、エスメラルダの再生を目指している……。少なくとも協会の敵じゃあないだろ? トリリアンはお前らの敵というか何というか、教義に反する宗教集団でもあり、侵食を受けているんじゃなかったか?」
「エスメラルダ期成同盟は知っています。が、最初の質問に対する答えにはなっていません。協会の領域で許可も取らず、行動することはどんな正しい目的を持っていたとしても山賊行為と何ら変わりないと思うのですが」きっぱりとデュレは言った。
「手厳しいお嬢さんだね、全く。そっちの金髪のお嬢さんが言ったように俺たちは“久須那の絵”を探しに来たのさ。これは協会も掴んでない事実だ。精霊核の伝説にも引っかかる重要な情報だとは思うが、それを言ったら協会の独り占めになるだろ? つまり、そう言うことだ!」
「なるほど。同盟が独り占めするってことですか……」デュレは瞳を閉じて瞬間、思索に耽った。
「では、わたしたちが仲介にはいると言うことで手を組みませんか?」
「え?」セレスとウィズの驚きの声が重なった。
「ちょ、どいうこと、それ?」
「新しい発見をするチャンスをみすみす逃せとセレスは言うんですか?」
「え、いや、そんなことは言わないけど……」モゴモゴ。
「――もちろん、拒否はできません。判りますね。ウィズさん?」
「取引のように見せて、実のところは脅迫ってわけか?」
「どう受け取られてもかまいませんが。ここで断るとしたら、あなた方の計画の遅れは否めないでしょうね。と言うよりもむしろ、半永久的に凍結……。場合によっては協会はエスメラルダ期成同盟を敵対勢力と見なすかもしれませんね……。それはトリリアン以下かもしれませんが」
「どう転んでも俺たちにゃ、勝ち目はないってことか? 仕方がない。……判った、判った。もう。手を組もう」
ウィズはさっと右手を差し出し、デュレと握手を交わした。
*
「言っておきますけど、学園長には内緒ですよ」デュレが会心の笑みを浮かべて言った。セレスにはこんなに嬉しそうで楽しそうなデュレの笑顔は初めてだった。
「規則破りたぁ、デュレにしては珍しいことで……」
「もう、五回目の卒業実習ですから! 今度は自由にやらせていただこうかと……ね!」
「ふ〜ん。ま、ようは面白そうってことか」
「多分、今まで関わった調査で一番じゃないかな」
「さっきまで不承不承だと思ってたのに……。デュレも現金なとこがあるのね。何だか意外」
「そんなことはないと思うのですけど……」目を閉じてにこっとした。
「あ〜。まぁ、何でもいいけどさ、これからどうなっちゃうんだろうね」
意外すぎる展開にセレスがポツンとつぶやいた。
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