12の精霊核

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03. maiden in a picture(絵の中の少女)

 明けて翌日。セレスの横にはスースーと寝息を立てているデュレの姿がある。すっかり丸くなって気持ちよさそうに眠っている。
「……やっぱ。夢じゃなかったのね」セレスは寝癖でグシャグシャの頭をかいた。
「そうだな」やけに落ち着いた口調が枕元から聞こえた。
「?」
 周りはみんな寝入っていて返事なんか返ってくるはずもないのに。一瞬、訳が判らない。けど、声の行方を追ってみると……。
「え? ってあんた、どうしてそこにいるのさ。あたしは引っ張ってきた覚えはない!」
「ああ、そうだろうな」投げやりにため息が混じっている。
「じゃどうしてそこに……」
「……見りゃ判るだろ? デュレだよ。全く、二人して同じことしないで欲しいもんだね。『枕がないから代わりに枕になって♪』だってよ。どうかしてるぜ、二人とも。いいか? オレは狼王なんよ? お前らよりずっと年上! 少しは敬えよ」
「――リボンちゃん? あんまりうるさいと消しちゃうからね……」
「――はぁ? もう、やってられないぜ」
「あははっ! リボンちゃんったらもう、すっかりデュレの尻に敷かれてる」
「笑い事じゃない!」
「でも、嬉しそう。口じゃそう言ってるけどさ。あたしの時と態度が全然違うじゃん」
「それはな……。お前よりデュレの方がオレの好みだし」
 けど、大きなため息をつく。まるで、昔はこんなんじゃなかったのにと言いたげだった。
「オレの権威も失墜したもんだよな」
「ま、親しみやすさが増したってことでいいんじゃない?」
「それは」リボンは動けないので横目でセレスを見やった。「慰めてるつもりなのか?」
「あはは、一応ね、一応」

 そして、四人と一匹の異色の組み合わせの先遣隊が組織された。今のところは清々しい朝。いつか、セレスの感じたような悪夢の予兆はカケラもない。久々の冒険行への楽しみもあったけれど、同時にセレスは“時計塔の夢”が現と重なることを恐れていた。
「? どうかしたのですか、セレス。みょ〜に大人しくてあなたらしくもない」
「あのね……」目を薄く開いてデュレを見る。「バカやってないとあたしじゃないとでも言いたいの? デュレは。た、たまには静かでもいいじゃない」
「あなたが静かだと落ち着かないんですよ」
 無茶苦茶言ってる。とは思ったけれど、セレスはじと〜っと嫌味な視線を送って我慢した。
「……あのよぅ、昨日、聞くの忘れたんだが、あの大男、実のところはどうしたんだ?」
 ウィズは恐る恐る、デュレに問うっていた。
「あれですか?」ウィズが頷く。「あれは空間転移魔法ですよ。でも、指定した座標は適当ですから……。リテールのどこかにいる。……としか、言いようがありませんけど……」
「生きてはいるんだな?」
「ええ、多分。落ちた座標に木とかの障害物がなくて、凶悪な魔物がいなければ……」
 デュレはちょっとだけ意地悪な笑みを浮かべてウィズを見詰めた。
「良かったよ。あんなバカ野郎でも頼りになるやつだから。そのうちどこかで見つかるなら」
 ウィズは安堵の表情を見せ、いつもより少しだけお喋りになっていた。
「それで、どこからその“久須那の絵”を探しに行くのですか?」
「ついて来いよ」
 自信ありげににやりとすると、ウィズは先頭に立って歩き出した。崩れて草ぼうぼうの石畳をズンズン歩き、昨日、初めてであった場所までやってきた。
「あそこだ」
 ウィズは瓦礫の山を指差した。しかも、それは瓦礫の山に見えて、ただの屑の山ではなかった。崩れかけたアーチが見える。デュレもセレスも昨日は全く気がつかなかったというのに。更に寄れば、暗くぽっかりと口を開けた入り口だった。
「……こんなものが、こんなところにあったとは知りませんでした。過去に幾度も発掘隊が組織されているのにどうして……」
 デュレは何の警戒心を抱くこともなくアーチに近づき、そっと触れた。
「そいつは時と人を選ぶ」ウィズが呟いた。「……と聞いたことがある。伝説の一つとして。誰でもいい訳じゃない。つまりは、最低でもこの四人と一匹か? の中の誰かが選ばれてる」
「けど、そんなの迷信じゃん?」セレスだ。
「ま、九割方そうだろうな。たまたま、ここに来ることがなかっただけだろ」
「どちらにしても、千載一遇の大チャンスでしょうね」
 と、そんなこんなのやりとりを全く気にとめる様子もなく、リボンはアーチをさっさとくぐって行ってしまった。実際、やることが決まった以上は変に長話をしている場合ではない。残ったみんなはリボンの行動にハタと気がついたように彼を追いかけていった。が、約一名ほど気が進まないのがいた。
「ね、ねぇ、みんな、ちょっと、待ってよ。あたし、狭くて暗いとこ嫌いなんだけど……」
「何を今更。怖じ気づいてるんですか? 我慢しなさい!」
 と、デュレに強硬に言われれば、セレスは従うほかなかった。デュレとウィズの持つ二つのカンテラだけが頼りの探索。セレスの中の冒険へのわくわく感なんて綺麗さっぱりどこかに吹き飛んでしまっていた。デュレの背中にしがみついてオドオドとしている。
「こらっ! しがみつかない! 鬱陶しい!」デュレが怒鳴った。
「だって、あたし、すっごい広いところで生まれて育ったんだよ。よく考えたら、こんな暗くて狭いとこ、行ったことない。ただ、狭いだけなら大丈夫なんだけど……」
「何、子供みたいなこと言ってるんですか?」
「だって、怖いものは怖いんだもん」
 デュレに振り払われるとセレスは仕方なく自分で自分を抱いていた。
「……何か、トラウマでもある?」
「う……判んない。ってね、そんなこと判ってたら、どうにかしてる……」
「セレスの性格を考えれば、そうでしょうね。じゃ」にやり。「ちょっと退行催眠でもかけてみましょうか?」
「い? ダメ。そんなことしたら、キミに何されるか判ったもんじゃない!」
「何もしませんよ。セレスに何かしても面白くも何ともありません」
「あっそ。どっちにしてもあとでね。こんなところで催眠術だなんて、正気の沙汰とは思えない。って、あのさ。デュレって催眠術なんて出来るの?」
「学園の講義にありました。もちろん、わたしは実用レベルのスキルを持ってますよ」
「ふ〜ん」セレスは興味を失ったかのような生返事をした。
 デュレの自慢話は好きじゃない。本人に自慢のつもりはないのは判っているけど、どうしても嫌だった。そう言う話を聞くと、セレスの中に嫉妬というか、焦燥感というか説明の出来ない苛立ちが生まれてくるのだった。
「しかし、まぁ、何というか。複雑怪奇にできあがってるもんだ。協会黎明期の悪名高き拷問環境の名残というのか。一種の迷宮だよな。迷ったら、一巻の終わりだ。帰れない」
 カンテラをあちらこちらに向けながらウィズが言った。しかめっ面をして、ジメジメとした壁を見たり、腐り落ちそうになった木製の扉を見やる。時たま、鉄製の扉が見えるのは、滅ぶ直前まで現役で使われていた部屋なのに違いない。
「なあ、ウィズ。こういう場所は魔物の巣窟と相場が決まってるんじゃないのか?」
「いざとなったら、デュレが何とかしてくれるんじゃないか?」楽観的だ。
「あ! あたしはあたし!」セレスがはしゃぎ気味に自分を指差した。
「セレスか? ……セレスはいまいち期待できないような気がする――」
「何でよ! どうして、デュレとあたしでそんなに対応が違うんよ?」
 セレスは思いっきり憤慨してウィズを睨み付けた。
「見てくれからして、雑に扱っても大丈夫そうに見えるしな」ウィズは大笑いした。
「可憐な乙女を掴まえといて、しっつれいなやつ」
 そんな他愛のないやりとりを交えながら、一行は先へ進んだ。
 瓦礫の山の下に広い地下があるとはにわかには信じられなった。人の気配もなく、傷みも目立つが地上のそれほどではない。そもそも、暗黒の儀式や牢獄は囚人が逃れられないように強力な結界が張られている場合が多い。そして、それは闇魔法の占める割合が大きくて、外界とは隔絶された一種の異空間を作り上げるのだ。
 長らく歩いて、デュレは不意に緊張をはらんだ声で言った。
「止まって! 何かが来たような気が、邪悪な気配ではないけど……。わたしたちに敵意を抱いてる」デュレは腕を組み、左手を顎に当てた。
「どうするの? デュレ」心配そうにセレスが言う。
「ここが本当に協会の地下牢跡だとしたら、わたしの闇魔法なんて利かない。そもそも、ここ自体に高位のマジックシールドというか結界が張られているとしたら……。自分たちの魔法で相手が手を下すまでもなく自滅してしまう……」
「物理的に、剣とか弓とかはどうだ?」ウィズだ。
 デュレの答えはなかった。その代わりに非常に間近で獣の息遣いが聞こえる。
「汝ら、誰の許しを得てここに立ち入った」
 恐ろしく仰々しい声色が狭い回廊にいんいんと響いた。
 ここに集ったみながいるはずのないものの声に息を呑んだ。ここはまだ生きている。壁からしみ出る地下水と時折、吹き抜ける生ぬるい風がよりそのことを印象づける。
「早急に立ち去るのならば、無用の手出しはしない。流血は好まぬ」
「おい!」業を煮やしたかのように四人をかき分け手前に出たのはリボンだった。
「リ、リボンちゃん? ちょっと」
「セレス、しっ! もしかして、リボンちゃんの知り合いなのかも」デュレはセレスを制した。
「……お前、いつからそんな横柄な態度がとれるようになった」
 リボンは長めの美しい毛並みを逆立て、牙を剥き出しにしていた。
「我はリボンなどというふざけたやつは知らん」
「……恨むぞ、セレス。変なあだ名付けやがって!」
 と言って、ちらりと後ろを見てみたら、セレスは頭の後で手を組んであっちを向いて聞こえない振りをしていた。リボンは一瞬、がっくりするやら、情けないやらの複雑な気持ちになった。
「まあ、いい。我は狼王、シリアなり! 道をあけろ、このクソガキが!」
 しばらくの間、呆気にとられたのか向こうから反応は返ってこなかった。リボンの後に控えた四人でさえも、リボンの言動は理解の範疇を越えていて見守るほかなかったくらいに。
 すると、ぬめるような闇の向こうから何者かの姿が見え始めた。その大きさから人ではない。足音からすると四本足で歩く犬か、狼か、それとも魔物なのか。と、まず初めに好奇心に駆られたのはセレスだった。デュレのもったカンテラを奪いとって照らし出した。
「狼……」思わず呟いた。
「……誰かと思ったら、親父か……。何百年ぶりですかね?」
 さっきとは打って変わって妙に可愛らしい声に変貌していた。その姿はリボンをほんの少し小柄にしたくらいのフェンリルだった。
「何をヌケヌケというか。よりによってオレの声を忘れるとはいい度胸してるぜ。サスケ」
「あらぁ、妙に東洋風の名前だね」
「久須那が名付けた」セレスの問いにニコリとしてリボンは答えた。「あの時はオレもまだまだ若かったよ。そして、こいつはもっとガキ」
 リボンは顎をしゃくってサスケを指した。
「で、その“リボンちゃん”ご一行は何を目的に?」サスケはおもしろがってニヤニヤしていた。
「――! 一度、締めてやる」ジロリ。「ここまで来たんだ、することと行くとこは決まってる」
「は〜ん。通称、地獄の番犬さまとの力&運試しに行って来るのかい?」
「……セレスとデュレなら合格するような気はするが、あとの二人は帰ってくれないぞ、多分」
 リボンは横目で後に佇む男二人を軽く見やった。
「おい、そこの二匹、すごく物騒なことを言ってるが大丈夫なのか?」
「さあ? リボンちゃん、ウソはつかないし、そのリボンちゃんが真顔ならホントなんでない? 帰るならいまのうちってこと!」
「けど――」デュレが不満そうな顔をしてリボンに話しかけた。「どうして、こんな崩れかけた地下牢に番人……サスケくんがいるのか。いるってことは逆に『久須那の絵』の存在証明なのかもしれませんが、フェンリルが二人もいて、何故、封印を解かないのか、解けないのか。解せません」
 デュレの視線はリボンの瞳をとらえたまま放さなかった。
「仮に……目的があって、久須那が望んで封じられたのだとして――。しかし、何故、二百二十四年前の黒い翼の天使の襲撃にあった時がその目的ではなかったのですか……?」
 デュレは全く遠慮なしにリボンに質問をぶつけ続けた。
「――オレたちは時が来るまでここを守るように言われただけだ」
「誰に?」デュレはやめない。「その時はいつ?」
「レルシア枢機卿……。その時は今だ」
 ここまで問い詰められるとは思っていなかったのか、リボンは仏頂面で不機嫌に答えた。
「誰、それ?」セレスが無邪気に口を挟んできた。
 すると、デュレはキッと突き刺さるような視線でセレスを睨んだ。
「久須那の姪っ子! 天使・玲於那とシェイラル司祭の娘よ。知らないなんてどうかしてるわ。協会レルシア派。……今の協会の基礎を作った人なのに」呆れ果ててしまう。
「あはは、そうでしたね。面目ない……」セレスはがっくり肩を落とした。
 それから、再び、デュレはリボンちゃんを見た。
「まだ、何か言いたそうだな、デュレ?」デュレが頷いた。「……時は二百二十四年前ではなかったってことさ。役者が足りなかった。――今日、ここに来る前、ウィズが言ったことを思い出して見ろ……」
「――誰かが選ばれている」呟くようにデュレが言った。
「そ、言うことだ。そして、セレス」デュレを見ていたリボンの瞳がひょっとセレスを見た。
「え、あたし?」呼びかけられてちょっと嬉しそう。
「後で、デュレに夢の話を聞かせてやれ」
「え?」不意にセレスは気がついた。「もしかして、あたしに夢を見せたのはリボンちゃん?」
「ちょっと違うんだが……、大体そんなもんか」
「だったら、そんな回りくどいことしないで最初からフツーに……ってさ、そうなら、ど〜して、夢探検付き合ってくれなかったのさ?」
 と言ったセレスに対して、リボンは目を閉じて首を静かに横に振っていた。
「オレがあの内容を作ったんじゃない。そもそも内容なんて全然知らん。――街が覚えていた残像をオレが増幅しただけ――、それも少し違うな」リボンは少し考え込んだように黙った。「……そう。オレはあの嵐の夜の必死の言伝を伝えた。お前に、お前に……、黒髪、黒い瞳の女の子」
 遠くを見ていたリボンの瞳がフイッとセレスに帰ってきた。
「な、何よ?」
「……お前たちがここに来るのを待ってみようと思った」
「リボンちゃん? それはつまりどおいう……?」デュレが言う。
「そう急くな。お前たちはもう渦中にいる。だから、いずれ判る時が来る……」
 リボンはお茶を濁して話を切り上げると、更に奥へと歩く。どこへ連れて行かれるのだろう。初めのうちは自分たちが握っていたはずの主導権はいつの間にかリボンにとられていた。
「そんな怖そうにするなよ。殺しはしないよ。死ぬような目に遭うかもしれないけど」
「嫌な感じ! リボンちゃんってそんなに感じ悪かったっけ」セレスが腕を組んで睨む。
「いいえ! 滅相もございません!」笑いながらリボンが言った。
 と、遠ざかってゆく、デュレとセレスを見ながらウィズは奇妙に感慨深かった。そして、どうしてか判らないけれど、随分と遠くまで来てしまったような気持ちが。
「オレたちも行くか?」ウィズは優男に向かって話しかけた。
「おっと、お兄さんたちはここで待っててもらうよ」
 存在を忘れかけていたサスケに引き留められた
「どうしてだ?」ウィズは疑問に思う。「見ちゃまずいものでもあるのか?」
「そう言う意味じゃない。死にたくなければここにいろ。ま、ここに来たのも何かの縁だろうから教えてやるけど」サスケの瞳が不気味に煌めいた。「デュレとセレスがこの一端を担うに相応しいか否か、試すのさ。カ・ル・クね。そこら辺にお兄さんたちは関係ないだろ? だから、ここで待ってなよ。デュレとセレスがうまくやる限りは無下にはしないさ」
「折角、俺たちが情報を掴んだってのに除け者か?」
「拗ねないの。その代わりに俺がお話の相手をしてやるよ」嬉々としてる。
 ウィズは説明できそうにもない不思議な気持ちに捕らわれた。デュレの言っていたこと。誰が何のために、どうして、今。何故、滅びの時ではなく、こんな廃墟になってしまった後で。たったの今まで疑問にすら思わなかったことが疑問に思えた。
 ウィズはカンテラを床に置いて転がった手頃な大きさの石に腰掛けた。
「ま、果報は寝て待てと言うし。こうなって以上は待ちましょうか。サスケさん」

 ずっとずっと一体どこまで地下に降りてきたのか判らないくらい、デュレとセレスはリボンに誘われるがままに螺旋階段を降り続けていた。
「背筋が寒い……」デュレが囁く
「うん。あまりいい気はしない。でも、邪悪な魔物がいると言われると違うような気がする」
「やっぱり、セレスもそう思いますか――」
 また、無言。ここまで来ると、聞こえるのは大きな螺旋階段に響く、自分たちの足音と奇妙な地鳴り、崩れひびの入った壁から漏れる地下水の雫が落ちる音のみ。
 そして、全くの不意にリボンが立ち止まった。
「ここだ」
 デュレとセレスは最下層と思える空間にいた。天井が高くてカンテラを掲げても見えない。
「天井じゃない、壁だ」
 リボンに言われて一番近くの壁を照らした。すると、二人の身の丈よりも大きな額縁が映った。
「……天使・久須那の封じられた絵……」二人の声がそろった。
 イグニスの弓を持ち、鳶色の瞳が切なそうな眼差しが二人を捉えた。白い服、白い靴、白い翼。それらに対比するかのような黒髪と鳶の瞳。何者かに弓を向けようとした時に、止められたかのような時間。足元に花が咲き、森の中から外を見渡したように明るい背景の中に久須那はいた。
「……生きているみたい」セレスがため息まじりに呟いた。
「みたい。じゃなくて、封じられて、生きてるんです……。この暗闇の中でどれだけの間、独りぽっちの時間を過ごしてきたんでしょうね……」
 そう言ってデュレは愛おしそうに絵に触れた。と、不意にデュレの顔に緊張が走った。
「どうしたの」訝しげにセレスが言った。
「この封印に感じられる魔力の波動……わたし、感じたことがある。身近で、ごく最近」
 デュレは真顔で絵を見詰めたまま考えてきた。記憶の糸をたぐる。絶対に間違いなくさっきまでその魔力を感じていたような気がしてならない。ひょっとしたら、似ているだけなのかもしれない。けど、デュレの論理的思考回路は百パーセント、思い浮かんだそいつだと言い放った。
「……リボン……ちゃん?」
「え……?」デュレの衝撃的な一言にセレスは戸惑った。
 絵を注視したまま動かなかった。
「流石、デュレ。と言うべきかな」
 声のした方に振り返ると暗闇の中でキラリと光る瞳が見えた。狼の鋭い目。カンテラの仄かな光に獣の足が照らし出された。綺麗な毛並み。デュレとセレスは息を呑んだ。
「……? 何、そんなに緊張してるんだ? まさか、オレがとんでもない魔物に見えるってんじゃないだろうな? 二人して枕にしておいて、それはあんまりだろ?」
 暗がりからひょっと姿を現したのはよく見知ったリボンの姿だった。
「何だ、ホントにリボンちゃんだったの」セレスが安堵の声を上げた。
「あのな。声色で判れよ。そもそも最初から一緒にここに入っただろ?」
「だって、声色を真似るのが得意な魔物もいるって話だし……」
「久須那を封印したのは本当にリボンちゃんなの?」
 デュレはセレスを押しのけて、リボンの前にしゃがみ込んで目を合わせた。互いの意志を推し量るかのように二人はセレスがあきれるほどの長い間、見つめ合っていた。
「……で、デュレはどうだと思っているんだ?」瞬間、リボンが微笑んだように思えた。
「……異界から召喚された天使は不死じゃなくなるって聞いたことがある。十年に一つは年をとり、……千五百年も生き長らえない。もし、今に何かがあると予知したなら、こんなこともあり得るのかもしれないって思った。リボンちゃんが……善良な精霊が封印したなら」
「いい勘してるな」リボンはデュレに対して誇らしげな笑みを浮かべていた。
「え、え? 何? あたしには全ッ然、判らないんだけど……」
「鈍感。と言うよりはむしろ、勉強不足なのかな。セレスは」
「別に判らなくたってかまわないさ。ただ、今度はオレに付き合ってもらうぜ? お前たちがホントにこの一端を担うに相応しいかどうか。二百二十四年……。お前たちがここに来るまで千五百三年待った。期待を裏切るなよ」
 それが始まりの合図だった。