12の精霊核

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05. messenger from legend(伝説からの使者)

 戦いの後で、セレスは床にぺたんと座り込んでいた。少ししめった床が冷たくて気持ちいい。セレスは両手を後について立ち尽くすデュレを見上げた。
「……流石にしんどかったわ、あれ。久須那が手加減してくれなかったら……」
「やっぱり、セレスもそう思いましたか」ため息まじりにデュレは言った。
「当たり前じゃん? 目が本気じゃなかったもん。それにさ、当時の協会最強天使兵団の一角にいたんでしょ? 人間で勝てたのは唯一、イクシオンだとかって話……」
「まあ、それなりに有名ですね」
「でしょ? 相当な奇策で勝ったって話だけど……。あたしら程度じゃ、秒殺なんでない?」
「――身も蓋もないことをあっさりと言わないでください」
「身も蓋もないって事実なんだから仕方がないじゃない。それとも……、あれ? デュレ、ショックだったんだ!」急に嬉々としてセレスが言う。
「悔しいじゃないですか! コテンパンにやられて何も出来なかったんだもの」
「ま、そだけどさ。これからは手合わせ願うチャンスなんていくらでもあるんでない?」
「そ、それはそうですけど……」
 セレスに痛いところを突かれてデュレは押し黙った。負けたのは初めてではないけれど、こんなことは初めてだった。結果はどうあれ認めてもらえたのだから、封印さえとければ本物と出会える。そんな簡単なことは頭では理解していたけど、何か釈然としないものがデュレの心を支配していた。デュレの困惑を知ってか知らずか、セレスはリボンに向き直った。
「リボンちゃん?」
「解決策は自分で考えろな」取り付く島もなくあっさりと拒否。
「あら――?」セレスがリボンに肩すかしを食らった後で、デュレが引き継いで言った。
「やることなんて決まってます。どのみちここじゃ何も出来ないですから」
 デュレは片目を瞑って腕を組み、セレスを見詰めた。
「やっぱ、これ、持って帰るの? テレネンセスまで。――遠いよ」
「空間転移……だろ?」ウィズが真顔でのぞき込んできた。
「あたしがバカだって言いたそう。はんっ! もう、どうでもいいや。けど、一回でいけるの?」
「わたしの闇魔法を甘く見ないでいただきたいわ」
 デュレは得意げにすましていた。
「途中で失敗したらどうなる?」ウィズ。
「大抵は原点と目的地を直線で結んだどこかに落ちます。それでも落ちてきたらかなりましな方ですよ」目を閉じてニコリとした。「出てこなかったらそれはもう……」
「だろうね。あたし、デュレのせいで、異界の住人になりかけたことあるし。いくら優秀なデュレとは言え、たまぁ〜にしくじるのよねぇ〜」セレスはニヤニヤしながらデュレの顔を覗く。
「! もしかして、ケンカ売ってます?」
 火花を散らしての睨み合いが始まった。
「ま、あれは実験でしたし、死ななかっただけでもめっけものだったのですけど」
「にゃにぃ! あたしはデュレの実験台か!」
「ええ、その通りです」
「あ〜。やめやめ! 今はいがみ合ってる場合じゃないだろ?」
「うるさい! 部外者はすっこんでなさい」デュレとセレスの声が重なる。
「うげ……。ケンカするほど仲は良いって言うけれど、こう、しょっちゅうしょっちゅうやられたんじゃ敵わないよな。全く。なぁ、リボンちゃん?」
「……」リボンは思い切り不機嫌な眼差しをウィズに向けた。「お前はシリアと呼べ。男にリボンちゃんなどと軽々しく呼ばれたくない」
「うわぁ、……みんな機嫌最悪だよ……」
 ウィズは居場所をなくして途方に暮れそうな気分だった。

 そして、セレスの杞憂はどこ吹く風で、絵はデュレの空間転移魔法で無事にテレネンセスに到着した。とりあえず、そこまでは何の問題もなかったことは確かだった。少なくとも、学園に“久須那の絵”を運び込むまでは。
「これは……美術品としての価値もかなりありそうだね」
「……それだけですか?」デュレは学園長から言葉を引き出そうと促した。
「それだけだ。あなたの報告によるとこの絵はただの“絵”ではないそうだね」
 そう言う学園長の瞳はデュレの報告内容には興味なさそうだった。はなから信じていない。机の上で手を組んで見詰める瞳は明らかに疑っている。事実、“絵に封じる”などという難易度CどころかDクラスの魔法を使える者など、古文書にそれこそちょろっと出てくるくらいで実在したかどうかすらも怪しい者ばかりだった。
「……もっと、調査させてください!」デュレは机に勢いよく両手をついた。
「十二の精霊核、知ってるね?」学園長の瞳ににわかに光が宿った。そして、デュレの返事を待たずに続ける。「誰があなたをそそのかしたのかは知らないが、……これ以上、首を突っ込むのはやめた方がいい。警告だ……」
「ですがっ! ここまできて途中でやめるなんてどうかしてます」
「……裏切りの十二天使。時の天使長・久須那。協会レルシア派創始以来のタブー」
「――そんなこと、知ったこっちゃないね」
 突然の声に後を振り向くと、セレスが扉に寄りかかって立っていった。
「トレジャーハントの基本はタブーを破ること。あたしはここでそう教わったよ」セレスはツカツカと歩み寄ってデュレの傍らに立った。「それにね、学園長。秘密は暴かれるためにある。とも言ってたよね? あたしたちはそれを遵守してるだけ」
「相変わらず、口だけは達者のようだな、セレスくん。他の調査ならいくらでも認められるが、十二の精霊核については認められない。協会の掟だ」
「……ふ〜ん。それが必要なくなったんだとしても?」
「キミたちが判断することではないだろう?」
「じゃ、久須那がこのままで良いっての? どうして、なくしてしまったホントの欠けらを見つけだそうとしないのさ。タブーだって言うけど、みんな知りたくてうずうずしてる。謎解明の取っ掛かりが欲しくて、一生懸命の人だっている。久須那が裏切ったんじゃない。協会が裏切ってる」
「例え、そうだったとしてもワシは何もしてやれない」
「セレス。やめましょう」
 デュレは今にも学園長に噛み付きそうなセレスの肩をそっと押さえた。
「けど――」デュレはそれでいいの? そう問いたそうにセレスは揺らいだ瞳をデュレに向けた。
「今はいいんです」静かに首を横に振る。「行きましょう、セレス」
 どこか淋しげなその瞳は何かを悟ったかのようだった。けど、諦めたワケじゃない。微かな煌めきが奥底に秘めていた。踵を返して戸口へ向かい、ふと思い出したかのように振り返った。
「ただ……一つだけ言わせてもらいます。――創始者レルシアさまが望んだ協会はきっとこんなんじゃなかったはずです。シオーネ派と袂を分かった訳……。それすらも忘れたのですね」
 学園長はデュレとセレスが去ったあともじっと閉じられたドアを見詰めていた。
「こんな感じでいいのかな?」学園長はふと足元を見やった。
「……上出来か・な。少なくとも成り行きで仕方なくやってるのでもなさそうだ」
「そう言うあなたはかなり酷なお方だ。ですが、あの二人なら大丈夫。それは問題なしだとは言い切れないないですけどね。凸凹していてもいざというときは百以上の力を発揮する。そんなコンビがデュレとセレスだったと……」
「それはシルエットスキルのことで判ってるさ」それは学園長を見上げた。
「――それともホントは止めたかったとか?」瞳を見ずに遠くを向いたままだった。「無駄だとおもいますよ。あの娘たちはもう答えを見るまで止められない。これまでもそうでしたし、これからもきっと変わらずそうなのでしょう。だから……選んだのでしょう? あなたは」
「ああ……。最後までいってくれると俺は信じているぜ? はげ爺っ!」
「口が悪いですよ。シリア」
「ははっ、気にするな。俺なりの愛だ」リボンがは大声で笑った。
 学園長は椅子からすっと立ち上がると、机の背後にある窓につと歩み寄った。眼下を見下ろすと、デュレとセレスがわめきあいながら歩いている。楽しそうにも思えて、ケンカしているようにも見えた。二人がここに来るといつもある見慣れた光景。
「二人に……神と――精霊たちのご加護がありますように――」
 学園長室を飛び出して、二人は学生寮のデュレの部屋へと向かおうとしていた。窓から学園長が覗いているなんて夢にも思わず、ギャーギャーと口角泡を飛ばしての大論戦に発展する。と言うよりは二人にとってはただの儀式みたいなものだったのかも知れないが。
「ねぇ、デュレ、前から聞こうと思ってたんだけど。……はげ爺の言いなりでいいの?」
「どういう意味ですか?」デュレは憮然とした表情でセレスを見つめ返した。
「……だって、気に入らないんでしょ? 協会の事なかれ主義が。――だってさ、久須那の封印が解けたら、きっと、十二の精霊核のホントのとこが判るんだよ? デュレの知りたい天使の召喚術とか、逆召喚とか。あの混沌とした時代を知る手がかりになるってのに」
「学園長の決定は絶対です。ここまで来て、退学なんてごめんです!」
「久須那……生きてるって言ったじゃん。それなのに封印したままだなんて、人道的にそれでいいの? デュレ……、あんたさ、変わっちゃったよね。前からクールだったけど、氷みたいには冷たくないって思ってた。――何か、見損なっちゃったな……」
 セレスは足を速めてデュレから遠ざかる。そして、突然、ぴたっと立ち止まり、振り返ると、
「バイバイ、デュレ。あたし一人でもやってやる。はげ爺がなんだ!」
 捨て台詞を残してセレスは走り去った。
「あ……、待って、セレス……」デュレは手を差し伸べてセレスを引き留めようとした。
 何て声をかけたらいいんだろう。瞬間、判らなくなった。いつもはやる気の出さないセレスを自分が引っ張っていた。でも、今度ばかりはセレスが正しいような気がしていた。
「デュレ、あいつを一人で行かせてもいいのか?」
 と、不意にリボンの声がデュレの背後から届いた。
「リボンちゃん?」
「あいつ、無鉄砲だからな。……ブレーキ役がいないとあいつ、死ぬぞ」
「……リボンちゃん。何か隠してない? 何か知ってるでしょう」
 デュレは腰を落としてリボンと目線をあわせた。そして、しばらく見つめ合う。
「教えて欲しいか?」デュレが真摯な眼差しを向けて頷いた。「じゃあ聞くぞ? 『十二の精霊核』の伝説。どこまで知ってる? デュレ」リボンの鋭い視線がデュレを刺した。
「え……。……教科書に載ってる程度なら」
「知らないのと一緒だな。……ちょっと、オレについてこい」くいっと顎をしゃくった。
「あ、でも、セレスが――」
「オレの話を聞いてからでも遅くはないさ。それにあいつ、まだ行き先、見つけてないぜ? ウィズもいるだろうし、サスケにもセレスを見張っておけと言ったから、大丈夫だろ?」
 デュレを振り返りながらリボンは言い、そのまま歩き出した。学園の敷地を出て、テレネンセスの街へと繰り出す。デュレはどこに連れて行かれるのかと怖々としながらもいつもの冷静さを保っていた。
「どこに行くの?」耐えきれなくなって思わず問う。
「テレネンセス教会跡」リボンは歩みを止めることも振り返ることもなく手短に答えた。
「でも、あそこは第一級危険地区に指定されてて立ち入り禁止のはず……」
「そうだな。だが、オレには関係のないことだ。嫌ならこなくてもいいんだぜ」
 デュレの発言を無下にして、リボンはずんずんと歩く。繁華街を越えて、それから、千五百年も前に破壊され放置された旧市街に出る。伝説『十二の精霊核』の始まりの日、天使兵団により一夜にして破壊された町だ。旧市街と言ってもそこはおおよそ人の住める状態のはずもなく、とっくの昔に原型が何だったのか判らなくなった石がごろごろしている場所だった。ただ、旧市街が特異なのは草木に呑まれるずに街があったことをはっきりととどめていること。
 そして……。二人は屋根から転げ落ちて無惨な姿を晒す十字架の前にいた。教会の礼拝堂の形は既になく、数段だけ残った石段と崩れかけた十字架だけがここに教会があったことを示していた。
「ここだ、デュレ。行ってみろ」
「でも……」デュレは不安げにリボンを見つめた。
「はげ爺のことなら心配いらないぜ。オレが一喝したら縮み上がる」
「学園長はいいんだけど……」デュレの目は教会跡から離れなかった。風化しつつある瓦礫の山を眺め回しながら入れそうな場所を探してみるが。「どこから、どこへ入るの?」
「行けば判る。……デュレなら入れてもらえると思ったんだけどね」可愛らしくウィンク。
「……」リボンを見つめて半信半疑。
 デュレは仕方がなく教会跡へと進んだ。心臓が高鳴る。左手で胸をそっと押さえ、瞳を閉じて、大きく深呼吸をした。そして、階段だったらしきものを登っていった。すると、空気が変わった。旧市街を包んでいた殺伐としていた雰囲気が吹き飛んで、爽やかな風が吹く。
「ちょ? ちょっと、リボン。これ、どういうことなの?」
 階段を登りきり、教会の扉があったと思われる場所にたった時、デュレの周りに光が集まりだした。仄かな淡い暖かみを持ったオレンジの光。慈しみを含んだ優しいほわほわしたような小さな光の玉……。
(やはり、そうか、久須那の封印を解くのはお前だ……、デュレ)
「……ようこそ、デュレ。遠い思い出の地へ。玲於那とシェイラルはお前を受け入れた」
「リボン、リボン! きちんと説明しなさい。そもそもあなたは何者なの?」
「オレか? オレはただのオオカミさ。ただのね……」
 遠のく意識の中でデュレはそう聞いた。けど、リボンがただのオオカミではないことはみんなが知ってる。氷の精霊・フェンリルなんだ。ただ、どこから来たのか、いつの時代に生まれたのかは誰も知らなかった。そう、ただやつはいつもセレスと一緒にいた。
「こ、ここは……」
 気がついた時にはデュレは真っ暗闇の中にいた。
 次第に目が慣れてくると、ここはどうやら教会の礼拝堂のようだった。しかし、外から見た時にはそんなものは残っていないように見えたのに。デュレは目を凝らして辺りを確認しだした。
(……彫像が一体ある……。天使……か・な?)
 そして、デュレは今までに一度も感じたことのない奇妙な波動を感じていた。人ならざるものの微かな息遣いと何だろう。得体の知れないものが組み合わさった恐怖を煽る雰囲気。それに気づいてからと言うものデュレは背中に寒気を感じてとても落ち着かなかった。
「いつか、こんな時が来る。そう思っていました」
 不意な声にデュレは飛び上がるくらいに驚いた。もう少しで、悲鳴まで上げそうだった。
「十二の精霊核。意図的にねじ曲げて残した伝承。ホントのことを知りたいですか?」
 デュレは壁を背にして不安におののきながらも頷いた。
「大切なものと引き替えになってしまうとしても……」
「何を引き替えにしろと言うんですか!」デュレは期せずに怒鳴り返していた。
「……なるかもしれないと言うだけです。しかし、伝説の一端を知ってしまったら、あなたは本当の意味での自由をなくすことになるかもしれません……」
「それでもわたしは知りたい。だから、わたしはテレネンセスまで来た」
 しばらくの間、返事がなかった。代わりにデュレが続ける。
「学園に入れば何か勉強できるんじゃないかと思ってたけど……。期待はずれでした。事実、関連図書の書架は閲覧禁止どころかあるのかさえも判らない。あったのは当たり障りのない歴史学者の戯言が書いてあった本だけ……。旧市街も第一級危険地区で立ち入り不可能。遺跡はたくさん発掘させてもらったけれど――関連遺跡に当たったのは最後の一回切り……」
「危険すぎる事象は全て葬り、伝承として語られているのは報告のために作られた虚像」
「あの伝説には続きがあるしな」
 温かな声色に他の聞き覚えのある声色が混じってきた。
「サスケ――? リボンちゃん?」
「その通り。サスケはセレスを追い掛けていったって言ったろ? テレネンセスの例の宿で何とか引き留めるようにしてみるってさ」
「判ったけど、ここは……、それにどうしてあなたがここにいるの?」特に驚いたふうでもなく、デュレはちょっとポウッとしたかのようにリボンを見ていた。「聞こえてくる優しい声は誰?」
「はは、好奇心が勝つか……」
 リボンは少し嬉しそうにほこりの山の上を尻尾をパタパタとさせて歩き回った。
「ちょっとリボンちゃん、ほこりが舞い上がってる!」デュレは左手で口を覆った。
「お! すまん。久しぶりに嬉しくてね。ドキドキワクワクしてる。判るだろ? この気持ち」
 目をランランと輝かせてリボンはデュレを見詰めていた。
「ここは玲於那の祭壇……。そこに天使の彫像が転がってるだろ?」リボンはその方に歩いていった。「これだ。起こせるか?」
「わたし一人じゃ無理だと思うんだけど……」
 デュレは彫像の傍らにしゃがみ込んで、まじまじと顔を見定めていた。
「……久須那に似てますね……」
「そりゃ、玲於那は久須那の姉貴だからな。あまり関係ないけど……」瞼をパチパチさせた。「……声の主はシェイラル司祭。レルシア枢機卿の父上、玲於那の夫」
「そこにいるのはシリアですね?」
 リボンの声色に反応したかのように、抑揚の足りない声が彫像から聞こえてきた。
「シルエットスキル……みたいなものですか?」
「少し、違うな」デュレを横目で見てニヤリ。「彫像に記憶されたただの残像だ。条件によっていくつかの反応パターンがあるけど、シルエットスキルほどの柔軟性はない。しかも、これを残したのはここがこうなってしまった後だからな。……彫像に残った微かな魔力を使ってようやく記録できたくらい。所々抜けてるみたいなんだよな。だ・か・ら、俺がきたのさ♪ 無用の混乱はいらないでしょ? ……ま、ここに来られるやつは限られてるしな」
「え……?」デュレはキョトンとしていた。
「エルフの森へ……行ってみなさい。――真実の眠る森。そこで森の精霊・ジーゼと会いなさい」
「今なら、まだ、拒否できるぜ? デュレ。その代わり、これから先、学園長の言ってるようにこれに関わることは許されない。最後まで聞けば、真の意味での自由はデュレのもとから、そして、キミが巻き込むだろうセレスの前から消える。それでもいいか?」
「みんな、そう言うけど、どうして?」
「――」リボンは困ったように顔をしかめた。「トリリアンと期成同盟が絡むからさ」
「千五百年前の半分カビの生えた伝説に?」
「そんなこと、欠けらも思っていなくせによく言うぜ」呆れた顔でデュレを見る。
「久須那の封じられた絵を持ってエルフの森へ行きなさい」
「……シルエットスキルのお墨付きをもらえた人だけが教えてもらえるんだ? けど、これくらいのことなら調べたら判るんじゃないかと思うのだけど、リボンちゃん?」
「図書館でイヤと言うほど調べたんじゃなかったのか? 実地調査などできんしな。けど、結局、何も見つけられなかったんだろう?」リボンはとても意地悪そうに笑った。
「判ってるなら、聞かないでください」腕を組んで、あさっての方向を向く。
「まぁ、そう言うな。だが、もう、デュレは知ってしまった」
「……? エルフの森がってこと?」リボンは無言で頷く。「でも、たったそれだけのことなら。こんなに凝った仕掛けなんて作る必要なんて全くなかったんじゃ……」
「――期日は久須那の封印を解いた日からひと月後のその日の深夜」
「ちょっと待って、何で、期日なんてあるの? 何それ?」デュレは狼狽する。
「黒い翼の天使は久須那に呪いをかけたのさ。時限式みたいでね……。それを知ったシェイラル司祭は久須那を封じ、まぁ、その前に久須那は例のシルエットスキルを残したんだけど……。そして、人目に付かない監獄の奥底に隠したってわけさ」
「じゃ、そんな……」言葉に詰まる。
「言いたいことは判るがな、久須那じゃなきゃダメなのさ。そして、彼女をサポートできるやつが必要だった。トゥエルブクリスタルの元となった出来事なんて比じゃないくらい壮絶な戦いがあってな。忘れられないぜ、あれ、一度見たら」リボンは儚い笑みを浮かべていた。
「あの時は辛くも協会側が勝利しましたが……。その犠牲は大きすぎました……」
「そして、その直前にあった出来事を利用し、全てを抹消。したのは良かったんだが、二百二十四年前のあれだろ? ――少し喋りすぎたかな」
「ねぇ、リボンちゃんといい、サスケくんといい、何者なの?」
 すると、リボンは判りきったことを聞くなと言いたげに大きなため息をついた。けど、デュレは執拗に問う。訳が判らないまま付き合わされたのでは敵わない。
「話を聞いてると、黒い翼の天使たちに関連があるみたいだけど、何なの?」
「精霊核を欲しい連中」不意にリボンが真顔になって、デュレはドキンとした。「今は反協会組織・トリリアンを取り込んで……ちょっと厄介になってきたところだ」
 リボンはちらりと横目でデュレの瞳を捕らえた。
「それは何のために?」デュレの質問攻めに容赦はない。
「簡単には力任せの逆召喚をするためさ。これは教科書にも載ってるぜ?」
「……千五百年前と同じことを繰り返すって言うの?」
「――やり方は同じでも目的が違う。異界への扉を恒常的に開くためなのさ。半分成功したのがシメオンの悲劇……。……やつがこんなに早く力をためて戻ってくるとは思わなくてな――」
「封印が……久須那さんを守るためだったのは判ったけど」
 釈然としない様子でデュレは続け、意味ありげな微笑を浮かべてリボンと見つめ合った。
「オレたちが深く関わっているわけだろ? デュレの知りたいことは?」
「ええ、そうです。けど」自分の発言に妙に逆接が多い。とちょっとした気にいらなさを味わい、デュレは苦い虫をつぶしたような渋い笑いをした。「あの、その……この伝説が“生きてる”なんて正直思わなかった。――たくさんの過去を知れる。色々勉強できるとは考えたけど……」
「怖くなった?」
 リボンは再び、パタパタと歩き出した。そして、デュレはうつむいたまま無言だった。
「今なら、オレとお前の二人きりだ。セレスもいないし、強がらなくてもいいんだぜ?」
「久須那を助けて欲しいのです。封印の解き方は……光の最高位魔法……」
「……怖いよ。あの監獄から、ずっと。まだ……じっくり考えてる時間をとれないから実感が湧いてこないんだけど……。追い掛けるってことはひょっとしてこれから先、十二の精霊核の伝説に関わってる限り、ううん」デュレは静かに首を横に振った。「やめてもずっとか……」
「好奇心には代償がいるものだ。――出るぞ。ここでの用事は済んだ」
「ちょっと待ちなさい」デュレは腕を組んで、リボンの尻尾を踏んづけた。「たった、それだけのためにここまで連れてきたと言うじゃないでしょうね」
「この教会に受け入れてもらえるかどうかを知りたかったのさ。……こっちは久須那の約束とは別にシェイラル司祭との約束だ。そして、お眼鏡にかなったからにはデュレには封印を解くだけの“器”があるってことさ。ま、まさか闇魔法の使い手に光魔法を教えようとは思ってみなかったけどな」リボンはニコッとしてデュレを見上げた。
「でも、わたし、光関係は滅法弱いのよ?」
「反対属性だし?」リボンは大笑いをした。「そんなの関係ないさ。お前がここに来られたってことはそれだけで光魔法の素質があるってコト。何もないように見えて、色々仕掛けがあるからな、ここは」
 リボンは尻尾をひょいとデュレの足のしたから引っこ抜くと、何食わぬ顔をして崩れかけた出口に向かった。すると、デュレがここに入った時と同じように淡いオレンジ色の光がたくさん集まってきた。
「リボンちゃん。さっきも聞こうと思ったんだけど……。このオレンジ色の――」
「玲於那の魔力……の残りかすというか何というか。そのレートをちょっといじってシェイラル司祭が空間転移魔法に仕立てたのさ♪」何故か、リボンが得意げに発言する。
「あ……」目が泳いだ。
「けど、お前の闇魔法とは基本から違うんだぜ。多分……こっちの方がずっとお手軽だ。その代わり、転送距離は超至近が限度だけどな」
 リボンの姿が光の中に溶け込んでいき、ふと気がつくとデュレは教会の外に立っていた。
 そして、一匹と一人は瓦礫の街を歩き出す。足を一歩踏み出すごとにジャリジャリと砂が砕け、それがデュレを淋しさを誘っていた。たくさんの人がこの道を行き交ったのに違いない。叶わぬ夢と知りながらもその時代を垣間見たいとも思う。
「で……、デュレはやってくれるのか?」リボンは唐突に切り出した。
「ここまできたらやるしかないんじゃないですか? 毒を喰らわば皿までともいいますし」
「……久須那の封印を解くのを“毒”だというのかお前は!」けど、笑ってる。
「即効性の猛毒です。――だから、セレスも誘って、ウィズも連れて行きましょうか?」
 楽しげに話しをしているうちに二人はテレネンセスの繁華街を歩いていた。そろそろ、夕闇も迫りつつあって、夜のにぎわいを見せつつある。そこを超えていくと商店街。売れ残りは御免とばかりに最後の売り込みに余念がない。
 と、一件の宿屋の前にサスケが佇んでいるのが目に入った。サスケは二人が近づいてきたことに気がつくと、振り向いた。
「おっ! やっときたか。待ちくたびれたぜ」
「セレスは?」リボンが聞いた。
「食堂にいるぜ? “む〜ん”というような顔して、なだめるの大変だったんだからな。『デュレの顔なんか見たくない』ってごねたごねた。ま……飛び掛かって首締められることはないと思うけどな」サスケは意味ありげに意地悪な微笑を浮かべた。
「ちょっと、行って来るね……」
 デュレは二頭のフェンリルをほっぽっといて宿に入った。そして、さほど広くも作られていないロビー兼食堂をぐるりと見渡した。すると、隅っこの方にとっても不機嫌そうにテーブルに突っ伏しているセレスの姿が見えた。デュレはそれを確認するとセレスのいるテーブルまで行って、セレスの頭を上から見下ろす位置に立った。
「……セレス。わたしと一緒に行きませんか……」
 デュレの声に反応してセレスは身を起こした。
「はん? どこへ? キミははげ爺の言いなりなんでしょ? 退学はイヤなんでしょ」
 セレスはテーブルに頬杖を突いて、キツい視線をデュレに向けていた。
「サスケがどうしても、デュレの話を聞いてやれっていうから、ここにいただけなんよ、あたし」
 素直じゃないな。と、デュレは頭の中で思ったけれど、そのことは口にも表情にも出さない。
「――盗みに行きます。久須那の絵を……。付き合ってくれますよね?」
「はぁ?」セレスはデュレの口からとんでもない発言が飛び出しの他を聞いた。
「聞こえませんでしたか?」デュレの瞳がジロッとセレスを睨む。「シメオン遺跡発掘の調査報告も終え、報告書も提出しました。……協会に対して義理もありませんしね」
「いや、聞こえたけどさ、そのマジ? ゆーとーせーのデュレちゃんがそんな危ないことを考える? あのさ、退学はいやだったんじゃないの?」
「――退学がどうのくらいじゃすまないでしょうね。けど……」
「今回は好奇心の勝ちですか?」ちょっとだけ嬉々とした煌めく眼差しをデュレに向ける。「無謀はあたしの専売特許かと思ってたのに、違うんだ?」
「学園長がいいって言わないんだもの、しょうがないじゃない。……退学になったとしても、何か、ここで腐ってるよりいい経験が出来そうな気がするし、ただの紙切れなんて実績に比べたら価値なんてゼロに等しいと思いますよ?」
「はぁ〜ん。デュレが言うと何でも正論に思えるのがすごいよね。けど、すっごい危険な賭けだと思わなかったの? all or nothing。失敗したら手元には何も残らない。デュレ、この賭け、キミの分が悪いよ。キミの望んでた他のもの、手に出来なくなるかも」
「けど、少なくともセレスほど無鉄砲なつもりもないんですけどね」
「いや……」セレスはあまりのことに当惑して頭をボリボリかいた。「どういっていいのか、急には閃かないんだけど……かなり、その、無謀なんて通り超えてるような気がするけど」
 デュレは瞳を閉じて、クスリとした。
「そうかも知れないけど、約束しちゃいましたしね。今更、後には引けません」
「あ? 誰に」セレスがとても訝しげに声を上げた。
「……毛むくじゃらの紳士さん」手を後に回して、くるりとセレスに背を向けた。
「毛むくじゃらの紳士〜? あっ」セレスはパンと手を打つ。「あ〜、リボンちゃん」
「……一緒に来てくれますよね? セレス」
 デュレは握手を求めてセレスに右手を差し出した。
「判ったよ。地の果てまでご一緒いたしましょ。――デュレお嬢さま!」
 二人は互いの瞳を見つめ合い、がっちりと手を握りあった。