12の精霊核

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09. first contact in 1292(1292年の偶然)

 ゴーン。ゴーン。リン、ゴーン……。遠くから、澄んだ鐘の音が夜空に響き渡っていた。静まりかえった闇の町中に動くものはなく、既に夜半は過ぎ辺りが寝静まってから久しいようだった。
「う〜、いったぁ……」
 セレスはお尻をさすっていた。不思議な波紋に足を踏み入れて、そのままドアをくぐったかのように行けるんだと思っていたら、予想に反して足場もなくここまで落下してきたのだ。
「……ただのドアみたいに思ってたのに。いきなり垂直落下かい! そ〜いうことは最初に言ってくれないと怪我するじゃん。って、デュレ。どこ行った〜!」
 セレスは両手をメガホン代わりにして大声で叫んだ。
「……うるさいです。見たところ、夜の夜中なんですから、静かにしなさい」
 セレスの後から聞き慣れたデュレの声が届いた。デュレは痛がってる様子もなく、どうやらセレスとは違ってこの固い石畳に無事、軟着陸を果たしたようだった。
「あら、何だ、そこにいたんだ」ケロッとしてセレスは言う。
「だから、この娘は! 気配を感じなさいって言ってるのにさっぱりなんだから」
「あははっ! 今更、そんなこと言ったって手遅れだって。気にしないの」
「何でも『気にしない気にしない』って、セレスと一緒にいたら気にするものが全部なくなっちゃうじゃない。最悪、それはいいですけど、ここは1292年……なのでしょうか?」
 月すら見えない闇夜の空をデュレは見上げた。星座の位置の違いから年代を判別できるほど遠くの時代に来たわけでもなく、そもそも時を越えたかどうかも怪しいものなのに、ここがどこなのかも謎のまま。判ってるのはこの場がエルフの森ではなく、テレネンセスか、シメオンか、或いはアルケミスタか、人の気配のある都市と言うこと。石畳の舗装と両脇に広がる闇色に染まった白い壁の町並みが物語っていた。
「空間の移動は成功したのは間違いないけど……。いつなのかどこなのか……」
「朝に出発にしたのに、こっちは夜なんだ……。はぁ〜ん」
「どこに落ちるか判らないって、リボンちゃんが言ってましたよね?」
「言ってたね」セレスは短剣の柄に手をかけてあたりを警戒した。「けど、少なくとも十三世紀末か、十四世紀半ばのどっちかなのは間違いないんじゃないの? あれ」
 セレスは得意げにある方角を指した。
「……時計塔」その方向には闇夜に奇妙奇天烈に白く浮かび上がる時計塔があった。デュレの記憶によれば、シメオンでは十三世紀末、テレネンセスやその他の街には十四世紀も半ばを過ぎるまで時計塔があったという事実はないはずだった。
「良くできました♪ 世界で最初の時計塔が完成したのは……」
「Cancer 17 1285。機械式で初めての大時計でしたよね」デュレは流し目でセレスの脇腹に肘鉄を喰らわせた。「得意げにしてますけど、私が知らないわけないでしょ?」
「ちぇっ、つまんないの。たまには華を持たせてくれたっていいじゃない」
 頭の後ろで手を組んで、セレスはつまらなさそうに伸びをした。
「あの時計塔が“シメオン時計塔”だとしたら、ここは十三世紀末……。あれは七回目の誕生日も祝えずに時を刻むのを永久にやめてしまったと言う話ですから……。ほぼ目標通りですね。誤差は七年以内ですか。問題は……正確な日時」
「それは誰かに聞かなきゃ判らないね。けど……、手掛かりがnothingでこのままの状態が数日、数ヶ月、数年経てばあたしらもシメオン時計塔と同じ運命をたどるわけか……」
「じゃ、わたしたちがあ〜なる運命だとしてもセレスは黙って受け入れられると……?」
 デュレは片目を瞑って意地悪な質問をする。
「う、そんなわけないでしょ。みんなに帰るって約束したし。仮にそう言う運命なら蹴散らすのがあたしらの役目でしょ?」
「蹴散らすまではしなくてもいいと……」
 もう少し、穏やかに行動できないのかしらとデュレは思う。
「いちいち、細かいのね。言葉のあやに決まってるじゃん。それはそうとさ。ここにいるのはかなり危険なんじゃないかと……。東の空が白んできたからもうすぐ夜が明ける」セレスは真顔でデュレと向き合っていた。「いい? 往来で夜明かしするのは……キミの言葉を借りたら、愚の骨頂。あたしら、う〜ん、まぁ、リボンちゃんの言ったこと信じるとしてだけど、ここのことを知らなすぎるの。揉め事起こすよ。あたしが」大笑い。
「……街が目覚める前にとりあえず身を隠せと……?」
「それが無難。人目のつかないところ……。路地裏じゃぁ、ちょっとなぁ」思案投げ首で頭をぼりぼり。「見晴らしが悪いし……。やっぱ、屋根の上とか?」
 セレスは手短な建物の屋根の上を指した。
「屋根の上はいいけど、どうやって上るつもりなんですか?」
「別にフツーに。フォワードスペルは嫌だからね」ご機嫌斜めにセレスが言う。「さっきみたいに落ちたり、変な浮遊感とかもおこりごりなんだから。そこら辺の壁に足かけてさ♪」
 と、セレスが言えば、デュレは冗談じゃないと言わんばかりの険しい眼差しでセレスを貫く。学園の制服・ブレザー、スカートで来てしまったから、アクティブな行動をするのには少しばかり難がある。そうなれば、デュレは言葉の攻勢にでるほかない。実際、言葉の洪水でセレスの数々の無謀な行動を抑止してきた。
「至近距離じゃフォワードスペルは使えませんから、ご安心くださいませ♪」
「それは嫌味か!」デュレの顔面の間近でセレスは怒鳴った。
「あら? そんな風に聞こえましたか?」デュレは目を細めてセレスの顔を下から覗く。「あっ、セレスちゃんは魔法は大得意だもんね? 下から数えてだけど――」にやり。
「……。ケンカ売ってるのかっ、このっ!」セレスはいきり立ってデュレに掴みかかろうとした。
「こぉ〜んなところで何をやってるんだ。てめぇら? しかも、明け方、往来のど真ん中」
「うわっ、見つかった!?」デュレの後ろから声がしたような気がした。けど、デュレの背後には誰の姿も見えなくて、セレスはしばしキョロキョロした。「そこか! って! あんた、どこ見てんのさ」セレスはデュレの足元にしゃがみ込んでスカートの中を覗いている男を見つけた。
「あ〜? いや、特にちょっといい眺めだと思って」
「一体、いつからそこにいたのさ?」
「うん? 屋根の上にどうのと言う辺りから」
「いんや、デュレに気配を感じさせないなんて凄いけど……。やってることが何だかなぁ」
「ちょっ、いつまで見てるつもりですか!」
 びっくり、驚いたのはデュレで、期せずに真っ赤になって両手でスカートのお尻を押さえつけた。しかし、男は動く気配見せなくて、デュレは男に後ろ蹴りを喰らわせようとした。が、男はしゃがんだままひょいと身をかわして、足首を掴んだ。デュレはバランスを崩しそうになったが、身を捻って振り払った。
「ちっちっち! そんな切れのねぇ蹴りじゃぁ、あたらねぇな」
 男は立ち上がった。ちょうどデュレより頭一個分ほど背が高い。スラリとした長身で筋骨隆々と言うよりはスレンダーなボディ。紫色の独特な瞳の色に細身のフェイス。肩から協会のイメージカラーでもある薄紫色の丈の長いマントを身につけていた。
「そうですか」デュレはいつも数種類、数枚は持ち歩いている闇護符を制服の内ポケットから取り出した。選んだ護符は“フェザーカッター”「なら、こういう趣向はどうですか?」
 デュレはウィンクして護符を掲げた。
「キャリーアウト!」と同時に護符が黒い炎をあげて燃え上がった。
 すると、その黒い炎の中から黒い羽根が舞い上がり男を目掛けて飛んだ。フェザーカッターの初速は遅いために殺傷能力は低い。通常はこれとにフライングスペルの“アクセラレーション”をプラスするのだが、極至近距離でその呪文を追加するだけの余裕がデュレにはなかった。けど、男は逃げる風でも焦るでもなく、おもむろに剣を抜いてほぼ全ての羽根の刃を切り落とした。
「だから、言ってるだろ? “切れ”がまだまだお子ちゃまなのって。……しかし、闇魔法たぁ、てめぇも珍しいのを使うな。闇魔法の使い手なんてこの数年見てねぇしな」
「――だから、闇の属性を選んだんです」
「はん?」訝しげな顔をして、男はデュレをしげしげと眺め回した。「素直そうに見えて割と捻くれてるな。術者の多い魔法の方が研究が盛んだから、高度な魔法とか学びやすいはずだろ?」
「つまり、防御魔法もそれだけ多く開発されているとことですよね」
「な・る・ほ・どね。確かに。反対属性の光もかなり高度だから、使い手を選ぶしな。闇に対するシールド魔法も皆無。ま、物理属性に近いのは蹴散らせるが……。ふ〜む、悪くねぇな」
「どしたのさ、急に……?」デュレの後ろからセレスが耳打ちした。
「さあ…? 思うところがあったんじゃないかしら?」デュレは首を捻ってセレスの目を見た。
「なぁ、てめぇよ、余計なお節介だとは思うが、闇の精霊・シェイドと契約してみるのはどうだ」
「? 精霊使いになれと?」急な提案にデュレは目を丸くした。
「そう言うことじゃねぇんだ。いざというとき、膨大な闇のパワーをバックに出来るし、シェイドと仲良くできればウィル・オ・ザ・ウィスプともお近づきになれるぜ?」
 とそこへ、妙に甲高い声の邪魔が割り込んできた。
「へ〜いい。チミたち! そこにおわします彼の人は天下のエロ将軍、ボクの十一人目と十二人目の彼女にならないかぁ〜い? どす」
 突然現れた別の声に注目しようとすると、いない……。男の顔の高さからずっと視線を下げていくと、いた。見れば男の足のサイズと同サイズくらいで黄色っぽい。ついでにどこが手だか足だかよく判らない身体の構造で、デュレとセレスにとろけるような熱い眼差しを送っていた。
「何か、気色悪いのが手? 振ってるよ?」
「ちゃっきー、てめぇはよ、絶妙なタイミングで現れやがって、どこで嗅ぎつけて来やがる?」
「サムっちは女の子を発見すると超強力毒電波を発するのだ。そりをおいらが超弩級パラボラアンテナで余すこと受信! 怪電波を傍受すると疾風のごとく颯爽と登場するのです」
「あっそ。今はてめぇを構ってる場合じゃないんでね。どっか行ってろ〜」
 サムは手のひら大の怪物体・ちゃっきーをとっつかまえると助走を付けて夜空のお星様になりそうなくらいの勢いでぶん投げた。
「バカの一つ覚えはやめろ〜〜」
「それとも、てめぇはステキなレディたちの前で真っ二つの方がいいか?」
「それも嫌じゃぁ〜〜」微かに余韻を残してそれは視界の外に消えた。
「さて、邪魔者がすっきり片づいたところで」
「な、何よ。……まさか、デュレのスカートの中、見せろとか?」
「違うって」サムは少し未練がありそうに首を横に振った。「てめぇらエルフだろ?」
「他の何に見えるってのよ?」セレスはケンカ腰にサムににじり寄る。
「けんか腰になるなよ。ただ、ここが今どんな状況なのか知ってるのか。いや、判ってるなら、こんなところにいるはずもねぇと思うが……、第一、てめぇら、どこから来た?」
「その質問に答える義理はありません」デュレは毅然として言い放つ。「しかし、いくつかわたしの質問に答えてくれたなら、話さないこともありませんが……」
「はん。取り引きしようってのか。なかなかいい根性してるな。俺さま、相手に」
「じゃ、その“俺さま”は何様なのさ?」セレスは腕を組んで男を睨め付けた。
「協会護衛騎士団……長……だったイクシオン……。――ま、とりあえずサムとでも呼んでくれ」サムはばつが悪そうに視線を上にそらし、狼狽したように続けた。「俺を名乗らせたんだから、てめぇらも先に名前くらい教えろよ」
「ねぇ、こいつ、信用しても大丈夫かなぁ? だって、デュレのスカートを覗くようなやつだよ」
「……」デュレはキッと怒気を含んだ視線で突き刺す。「悪人には見えませんが……」
「Hey Girl!! てめぇら、人を見る目がnothingと来ている! こいつぁ、遙か昔、千うん百年の彼方の時より、地上最大……。ノンノン」指を左右に振る。「全宇宙的、時空を超越した史上最大超弩級のオンナの敵っ! 手込めにした女は数知れず。泣かせた女は星の数! で、このお方はそんなこんなで、チミたちを新たなコレクションに加えようと必死の攻勢中なのだ」
「黙って聞いてりゃ、いい気なもんだ」呆れてサムが言う。「ま、そりゃな、信じようが信じまいがてめぇらの勝手だが……」サムは歩きがてらちゃっきーをクチュッと踏みつぶした。「これだけは絶対だって言えるぜ?」もったいぶって言葉を切る。
「……?」デュレが怪訝な眼差しをサムに向けた。
「夜が明けたら、てめぇらは有無を言わさずに“狩り”の対象だ。老若男女問わず、この街に住む者たち全ての憎悪の標的。ま、俺にゃあ関係ねぇことか」
「そんな前近代的なことをやってるのですか?」
「はっ?」サムは鼻で笑う。デュレはムカッとしたがそこは堪えた。「“前近代的”ね。呑気なことも言ってられねぇのさ。近頃、暗躍してるトリリアンって反協会組織は知ってるだろ?」
「ええ、まぁ、一応」歯切れが悪い。
「……何も知らねぇのか? てめぇら、この情勢を知らねぇなんてどこから来たんだ? 答えたくないなら、答えなくても全然構わないが……。それにしてもまずいな。もうすぐ夜が明ける」
 東の空が白んでいた。サムは夜明け直前の冷たい風を受けながら、考えを巡らせた。別段、見ず知らずのものを助ける義理もないのだが、放っておこうとするとお尻の辺りがむずむずとして気持ちが悪い。男だったら遠慮なくぶん投げておくのだが、相手は女の子二人組。しかも、ちょっぴり好みときたもんだ。サムにとってはかなり悩ましい選択だったようだ。
「おい、てめぇら、とりあえず、俺んちに来い。ここに長居すると厄介なことになる」
「……。あんたさ、何か良からぬこと考えてるんじゃないの?」
「折角、善意で言ってやってるのに、そう言うか? てめぇは」
「だって、目が何かイヤらしいし……。じゃあさ、信用に足る何かを見せてよ」
「よしなさい、セレス」デュレは一歩踏み出して、セレスを制した。「どうやら、今はサムが信用できるかどうか検証している場合ではないようです。空気を感じなさい、セレス」
 言われてセレスはさっきまでとは違うものを感じていた。少なくとも東の空が暗かった時にはまだなかった空気。落ち着くと痛いほど感じる。ピリピリとした奇妙な普通とは一味も二味も違うあからさまな敵意の混じった緊張をはらんだ空気。黙っていたら身の毛もよだつ。
「なぁに? このやな感じ……」セレスは思わず自分で自分を抱きしめた。
「エルフ狩り。大昔の精霊狩りほど酷いもんではないけどな。後ろめたいことがなければ、特に何もされないが、捕まったら二、三年はシャバに戻って来れないぜ。トリリアンと関係ねぇことをパーフェクトに証明できれば話は別だが、知ってる限り出来たやつはいなかったな」サムは意地悪に瞳を閃かせた。「ともかく、急げ。五点鍾には全市走査があるんだ。協会の超一流魔法使い総出で紛れ込んだ不幸なエルフちゃんを捜し出すのさ」
「あたしたちをネズミか何かの小動物と勘違いしてるんじゃないの?」腕くんでセレスは大憤慨。
「かもね。だが、トリリアンの構成員にエルフが多いってのも事実だしな。そのマジックスキルの高さから協会内部の密偵に来るのが多い。となれば、協会としては無視できないってわけさ」
「つまり、あたしらは限りなく黒に近い灰色のワケね? 今のところ」
「そう! だが、違うだろ。トリリアンだったら、こんなとこでウロウロしてるはずはない。こんなんだったら飛んで火にいる夏の虫どころか地雷原に踏み込んだただのアホだ」
「うげっ。最低の評価をもらった感じ……」
「そりゃそうだ。最低の評価をやったんだから」サムは意地悪に笑っていた。
 ゴーン……。エルフ二人に緊張が走った。“来た!”鐘の音とともに気配が更に剣呑になった。街が目覚める時刻にはまだ遠く、そんな活気に満ちた雑踏が沸き上がろうとする雰囲気ではない。聖なる衣を身にまとった邪なる魂が解放されようとしている。そんなダークなイメージをデュレは感じ取った。
 ゴーン。まだ覚めやらぬ張りつめた静けさの中を鐘だけが街中に響く。
「デュレ、あれ!」セレスは指さした。
 その方向にはシメオン大聖堂を象徴する塔がいくつか見え、そこから光が円柱状に立ち上っていた。やがて、それは直径を爆発的な速度で増し、三人に迫った。
「う〜ん、長話しすぎたようだ」サムは腕を組んで一人うなずく。
「そんなこと、しみじみと言ってる場合かっ! あたしらには時間がないんよ。こんなところで、三年も四年も捕まってられるほど暇じゃないって」
 セレスは和みそうなサムにズンズンと近寄って噛みつきそうな勢いでまくし立てた。
「じゃ、俺のこと、信用してくれるのね?」
「う? うん……」セレスはサムから視線を逸らして不本意そうに呟いた。
「じゃ、付いてこい」と言ってサムは踵を返し走り出した。
「ちょ? 待ってよ。そもそも、あんたんちってどこにあるのさ! 答えろ、コラ」
「繁華街の外れだ。シメオンから逃げ出すより半分の距離で済むぜ。まぁ、ここからだったら、シメオン市外にでる前にあいつに追いつかれる」
「じゃあ、あんたんちに行ったらこのっ! 悪魔の所行みたいのから免れるっての?」
「さあ?」不敵にニヤリ。
「『さあ?』ってどういうことよ? 一万メートルに強制参加させておいてそれは酷いっ!」
「あんなところで突っ立ってるより百倍ましだろ?」
「たった百倍? 一千倍くらいにしてくれないとやってられないわ」
「……いがみ合ってるように見えて、凄く仲良く見えるのはわたしだけかしら……ね?」
 デュレは先行く二人の後ろ姿を眺め眺めつつ、呟いた。
「だぁれが、仲良しだって。嫌いだ! こんなやつ!」
「そ〜は見えねぇなぁ? 遙かな歴史の裏側から数えて幾星霜、ひっさびさのラブラブカップル誕生よ〜、へいっ! 旦那しゃま、ステキな娘をゲットした感想を十文字以内で、どうぞ〜」
「取り込み中だ。あとにしろ」またうるさいのが来たと邪険に扱う。
「え〜、『ラブリーセレスちゃん』って。ほ〜ら、ピッタリ、ビューチホー」
「デュレ! そいつ、消しちまえ!」ムカムカとしてくる。この忙しいのに構ってられない。
「そうですね、判りました。では、セレスの大嫌いな……。フォワードスペル、転移!」
 デュレの呪文が完成すると、ちゃっきーは余韻をひとかけらも残さずに三人の前からキレイさっぱりなくなった。
「やるな。で、どこやったんだ? おっと、そこの角、右な」
「それこそ『さあ?』です。簡易版で飛ばしたんで、判らないです。ただ出来うる限り遠くには」
「よし、上出来! って言ってもどうせすぐ帰ってくるんだろな、あれ」
「あれ、何なんですか? 初めて見ました」追い掛け走るデュレの瞳はサムのうなじを見ていた。
「毒小人という種族らしいが、俺もよくは知らん。ただ、チーズケーキみたいな味がしたり、神出鬼没で自己再生能力も高くて、そう、とりあえず、非常食に便利かな」
 ちょっと上の空気味に考えながら、幾つもの街区を駆け抜ける。その間にも聖堂を中心に広がる光の波紋が追いすがり、徐々に距離を詰めてくる。
「ひ〜ん。追い掛けるのは好きだけど、追っ掛けられるのは嫌だよぉ〜」
「ここ、左!」
 サムにくっついて二人は左に折れた。何かの戸口をくぐって建物の中に入ったらしい。外より暗い。そして、どことなくジメジメしているようで少々カビくさいような気もする。
「ここ、どこ?」セレスが瞬間、キョロキョロっとして尋ねた。
「質問はあとだ。地下室へ行け。あの走査は石造りで地下深い蔵なんかまでは届かない」
 サムは石の床にある地下室への木製のふたを開けた。階段の先は真っ暗闇で、足元は見えない。
「そうしたら、抜け穴なんかたくさんあるんじゃないですか?」デュレだ。
「そんなもん、チェックされてるに決まってるだろ。ただし、ここは別格。てめぇらが降りたら結界を張る。協会のくそ坊主どもには見つけられねぇくらいの技は使えるさ。ホレ、明かりだ」
 サムはデュレにずっと持っていたカンテラを渡した。
「心配そうな面するなよ。閉じこめたり、悪さなんてしねぇよ。……そう」サムは唐突に思い出したように付け加えた。「奥の方に行ってみ、面白いものが見られるぜ」
 サムの言葉を背中に聞いて、デュレとセレスはおっかなびっくり下に降りた。
「ねぇ、サム。カンテラの明かりくらいじゃ何も見えないよ」と、サムはセレスの言葉を聞きもせずにパタンとふたを閉めた。「うへっ、真っ暗!」けど、時には恐がりの一面より、好奇心が勝つ時もある。とは言っても、暗くて狭い場所は苦手でセレスはデュレの肩に両手を乗せて少しおどおどしていた。
「奥の方に面白いものがあるってさ。行ってみよっか? デュレ」
「え? ええ。けど、面白いものってなんでしょう」
「年代物の稀少ワインとか?」
「……セレスはお酒のことばかり――」
 暗がりで見えないけれど、デュレはセレスに蔑みと呆れの混じった諦めの眼差しを送っていた。ため息をついてやるせなさを吹き飛ばすと、デュレはカンテラを左右に大きく振って辺りをよく確認しながら奥だと思う方に足を進めた。
「あ、ね、デュレ! 今、キラって光った。あっち」
 セレスは左斜め前方を刺した。目を凝らすと、何か小さなものがフワフワと浮かんでいる。近付いてみると、手のひらにすっぽり収まってしまうくらいの八面体のクリスタルようの物体だった。
「漆黒の闇色。――とっても小さいけれど、これって……」
 デュレは思わず息をのんだ。ジーゼの精霊核はデュレの身の丈の二倍か三倍あったのにこれはとても精霊核とは思えないくらい可愛らしい大きさだった。
「そう、闇の精霊・シェイドの精霊核。生まれたてのね」壁に幾つか付いてる燭台に火を付けながらサムが降りてきた。「――全市一斉のエルフ狩りの走査マジックは行っちまったから安心しな」
「あの、面白いものってこれですか?」
「何だ? デュレは気に入らないか。精霊核の“赤ちゃん”なんて滅多にお目にかかれないぜ。これもあと二、三百年もしたら立派になる。そのころにはきっと精霊もいる……」
「わたしたちのこと、覚えていてくれるでしょうか?」
「覚えているさ。精霊核は“記憶”そのもの。……そう言えば、そいつ、まだ、名無しなんだ。折角だから、名前も付けてやるといい。『将来、こいつと契りを結べますように』ってよ。闇の魔術師なら皆、憧れることだろ?」
「そうですが……。それでさっきあんなことを言っていたんですか?」デュレはサムを見上げた。
「その通り、デュレは素質がありそうな気がしたからな。それにエルフならこいつが大きくなるまでまてるだろ」サムは愛おしげな眼差しで精霊核を見詰めていた。
「ふ〜ん。やっぱ、本物は欠けらと違って小さくても綺麗な形をしてるね」
「欠けら?」サムがセレスの呟くような小さな声を聞いていた。
「あ……」心臓が胸の奥で締め付けられるように飛び跳ねた。「あ、うん、何でもないから、気にしないで。ホントよ、ホント。ほ、ほら、精霊核の赤ちゃんに名前、付けてあげないと」
「今更、隠そうとしても遅いだろ? 取ったりしねぇよ。ガキじゃあるまいし……」
「でも、向こうに置いて来ちゃったし……。ジーゼに渡して、返してもらうの忘れちゃった」
「向こうってどこだ? ジーゼ……?」
 セレスは言葉の地雷を踏んで歩いてるようで居心地が悪い。
「い、いちいち反応しないでもらえる? やりくいから」
 サムとセレスがいまいち会話になりきらない会話をしている向こう側で、デュレは闇の小さな精霊核と向き合って彼(彼女?)の名前を考えていた。こういった精霊が名無しなのは珍しくもないことだが、自分が名付け親になれることは稀どころかないに等しい確率だった。ある意味で千載一遇の大チャンスなのだからデュレも真剣そのものだ。
「……シルト。この子の名前、シルトに決めました」
 デュレは優しい眼差しで闇の精霊核を見詰めていた。
「シルトか……。てめぇ、色々知ってるな」妙に感心したようにサムが言う。セレスはサムの興味の矛先がデュレに移ったのでホッと胸をなで下ろした。
「ええ。古代エスメラルダ語、そして、神話に出てくる漆黒の闇を統べたという神・シルト。そんな力強い精霊になってくれたらいいなと思って。ちなみに、イクシオン。あなたの名前もその神話にありますが……、関係はあるのですか?」
「……ねぇよ」急に素っ気なくなってサムは階段を上りだした。「上に行くぞ」
「それから、サム。今日の日付を教えてください。わたしたちには重要なんです」
 デュレは追いすがりながら、サムに問いかけた。サムはしばらく答えずに、自室のタンスの前で立ち止まり、サムは引き出しをまさぐりながら答えた。
「何で、日付を知らないのか……聞きたいような気もするが。聞けば厄介なことになりそうな嫌な予感がするな。まずは日付だけ教えてやる。今日はGemini 19, 1292だ」
「最短だと一週間しかないですね」
「何が一週間しかないって?」デュレが呟いたのをサムが聞きとがめた。
「あん? デュレの誕生日まであと一週間しかないなって」
「……。それはぜってぇウソだろ。いや、やっぱ、追求はダメだ、危険な香りがする」サムは好奇心に後ろ髪を引かれる思いだった。近頃、ちょっとばかり冒険から遠ざかっていたので、何か楽しそうで面白そうなことには首を突っ込みたくて仕方がない。けど、厄介ごとに巻き込まれるのは現状では非常にまずい。サムは首を思いっきり左右に振ってその思いを振り払おうとした。
「今日のところはこれでしのげるだろ、ホレ! 耳隠せ、耳」
 サムはぶっきらぼうに布きれを二人に差し出した。
「そんなの頭に巻くの? 格好悪い……って言うか、かえって目立つんじゃない?」
「わたしはエルフで〜す。って言いふらしながら歩くよりはちょっとはいいんじゃないか? それにデュレとてめぇでペアルックでいいじゃねぇか?」
「そお言う問題じゃないんだけどなぁ」セレスは困ったように頭をかいた。
 そして、無理矢理押し付けられた布きれをまじまじと見詰めて、デュレとセレスは固まった。
「これ、元は何色だったんですか?」
「……白じゃないか……多分」
「白? あたしにゃ、すすけた灰色に見えるわ」
「洗濯しなさい、洗濯! 全く。男の一人暮らしはこんなのだから嫌です、もうっ」
 デュレはセレスの手から細長い布きれをもぎとるように奪い取ると、流し台に向かった。
「うわっ」歩いていったデュレの言葉が驚きの悲鳴で途切れた。
「どうかしたの、デュレ?」セレスが行くと、デュレは額を押さえてうなだれていた。「はぁ〜ん。こりゃ、流しじゃないね。池……つ〜より、沼だね。この淀み方は……」
「あ〜! しばらく帰ってなかったからな。洗い忘れたのが腐ったか? カビ生えたか?」
「ええ、この世のものとは思えない惨状で……」
「どれ?」二人のあまりの反応にサムは重たい腰を上げ、タンスの辺りからは死角になる流しに向かった。そして。「……。悪いな、デュレ」サムはポンとデュレの肩の上に手を乗せた。
「手袋! 手袋を貸してください。汚さが度を過ぎてて素手じゃ勇気が要りすぎます!」
「どこかそこら辺に一組くらいあるだろ?」
「ま、あたしは流しなんかどうでもいいんだけどさ。キミ、協会の何とかだって言ってたよね? だったら、シェイラルって名前の付く人、どこかに知らない?」
「シェイラル? 知らねぇな」瞬間、目が泳いだのをセレスは見逃さなかった。
「う〜そ〜! その様子なら、キミは絶対に知ってるね」
 セレスは瞳を細めて威圧的にをサムを睨んだ。
「さぁてね。ともかく、俺はこれ以上協会と関わり合いになりたくないのさ」
「はぁ〜ん……。キミは困ってるか弱い美少女をほっぽらかして逃げるつもりね」更に追い打ちをかけるかのようにセレスは挑発する。「キミが手を貸してくれなきゃ、あたしら、途方に暮れなくちゃならないんだよねぇ……」横を向いたままセレスは流し目で見澄ました。
「もう、一度は助けてやっただろ。……てめぇはよ、嫌なやつだって言われたことないか?」
「あ・り・ま・せ・んよ〜だっ! 気の利くキュートガールとは言われたことあるけど♪」
「ウソつくな。ま、俺が出る幕じゃねぇよ。……俺が帰ってくるまでに出てってくれよ。それに、明日五点鍾までにはこの街を出てった方がいいぜ。走査が来る。ついでにさ、協会には関わらない方が身のためだ。ここしばらくピリピリしてるから、てめぇらは“特に”危ないぜ」
 サムは言いたいことだけを言ってしまうと、セレスを脇にどかせてスタスタと行ってしまった。
「……ねぇ、デュレ」セレスはサムの後ろ姿を視線で突き刺していた。
「何ですか?」デュレは流しを一生懸命洗っていて、目はセレスではなく食器を見ていた。
「あいつ、陥れていい?」目が本気で、出ていったあともずっと戸口を睨んでいた。「……あれ、きっと、協会で一もめか二もめしてるんだよ、絶対。……協力しなきゃならないように、し向けてやろうかと思ってさ」セレスは向き直るとデュレの背中にもたれかかった。
「重たいからくっつかないで!」デュレは肘でデュレの脇腹をつつく。
「だって、デュレがちょうどいいところにいるから……」
「何ですか、それは。……ともかく、あまり気に入りませんが、やむを得ませんか……」
「ぐちゃぐちゃ言ってたらタイムアウトになっちゃうって。手段なんか選んらんないって、呑気にやってたら自分で自分の首を絞めてるようなもんよ。」
「そうですね……。それに流しを掃除した代償を払って頂きたいですし。こんな洗っても洗っても綺麗にならない食器と流し台なんて初めてです。もう!」
「と言うことは?」セレスはウィンク。
「やっておしまいなさい。わたしが許可します!」
「へへ〜ん。やっぱ、そう来なくっちゃね。まあ、見てな。あたしらを振ったことを後悔させてやるわ。泣いたって許してあげないんだから♪」セレスは嬉々として微笑んだ。
「けど、明日の朝の五点鍾までに結界破りを考えないと……」
「あ〜、そんなんもあったんだっけ。一筋縄に行かなさそうだね、こりゃ。前途多難であたしら一体どこに行くのかしら……」セレスは足を投げ出してがっくりと力無くうなだれた。