12の精霊核

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10. another meeting(もう一つの出会い)

「なぁ……、親父――。俺はどうしたらいいと思う?」
 サムは朝っぱらから近くのバーにしけ込んでいた。本音を言えば、助けてやりたい。早朝、普段なら決してしない散歩の最中に偶然に出会った二人組の女の子。街に入るには対エルフの結界を越えなければならないのに、それに触れた形跡すらない。
 どこから来たのか、どこへ行くのか。全てが興味の対象だったし、何より助けを求めてくる可愛い(?)女の子たちを放っておけないのがサムの性分だった。けど、協会の名が出てくるのが非常にまずい。謹慎処分を受けた身としては今問題を起こすとどうにもこうにもならなくなる。
「エルフの子猫ちゃんが俺んとこに来たんだ……」
 サムは落ち着かずに水の入ったコップの底を上から覗き込んだり、弄んでいた。
「よく無事に旦那のとこまで行き着いたもんだ」バーの親父は察したように返答した。
「やっぱ、そう思うよな、フツー」サムは頬杖をついた。「……助けを求められたんだ」
「――それは男冥利に尽きるんじゃないかい?」
「そりゃそうだ。頼りにされて嬉しくないわけないだろ? 見捨てるなんてサイテーだ」
「じゃ、もう、決まってるだろう」
「だから、困ってるのさ」サムは物憂げな表情を見せ、ため息をついた。「協会が絡むんだ。ああ、走査とか結界とかそんなんじゃなくてよ。ただの人捜しだってなら良かったんだが……。シェイラルの名は知ってるだろ?」親父はサムの問いに無言でうなずいた。「あいつら、久須那の封印を解くつもりだ。もしくは“鍵”を手に入れて何かをする気だな……」
「お偉方さえ嫌がる協会一のタブーを知ってる?」
「あんな、まだホンの子猫ちゃんたちがどうしてそんなことを知り得たのか、結界も破らずにどうやってここに来たのか……。唯一あり得る可能性は……はっ、突拍子もないが、結界のない時代から紛れ込んだってことくらいかな」
「しょ〜んなことはぜってぇにありえねぇ! 物理法則を超越してどおやってここに来る?」
 カウンターのはじっこにちゃっきーがえっへんのポーズで偉そうに立っていた。
「どこから来たんだか知らねぇが、うるせえんだよ」サムはしっしと追い払おうとした。「そもそも、てめぇが一番、その法則とやらを無視してるんじゃねぇのか?」
「ノンノン、そんなワケありますまい。おいらこそ“裏”物理法則界のプリンス・ちゃっきーに」
「黙れ」サムはカウンターにノコノコとやってきたちゃっきーを摘むと後ろに投げた。「が、時越えの魔法は秘術中の秘術。シェイラルが編み出した禁断の魔法……。そもそもこいつを使うには精霊核の記憶と切っ掛けが……。あっ!」はたと気が付いた。「ジーゼと欠けらか!」
「心は決まったようだな」
 親父はサムを見澄ましてにやりと口元を歪めると、濃いめのブラック珈琲をカウンターに中身がこぼれそうな勢いで置いた。揺らめく波紋は表面張力で辛うじてカップの内側にとどまっていた。
「朝から酒は体に毒だ。珈琲で我慢しておけ」
「空きっ腹に珈琲だってよくねぇだろ?」
「相変わらず、口の減らないやつだ。トーストと目玉焼きをおまけしてやる。だから、食ったらさっさと戻って助けてやれ。それが“誓い”なんだろ?」
「ああ、そうさ。破れない大事な誓いだ」
 と、そこへ扉を豪快に勢いよく開けて誰かが店に入ってきた。スレンダーなサムの体格とは正反対に筋骨隆々とした大男だった。不躾に床をどかどかと踏みならしてカウンターに寄る。
「お〜い、イクシオン。いるか?」
「いるぜ」サムは振り向きもせずにこたえる。
「まあ、謹慎中とはいえ、毎日飽きもせずにこんなしけた店にいるもんだな」
「――サムに何の用事だ」親父は皿を拭きながらその男をギロッと睨み付けた。
「そう、聞いたか?」まるで気にとめる様子もなく男はサムの左横の席に着いた。
「何をだ?」うるさいハエが現れたもんだとサムは思った。
「ふ〜ん、やっぱ、知らないか」男はわざとらしく困った風に額を押さえた。「エルフが町に紛れ込んだらしい。結界にも“走査”にもかからずにだ。トリリアンの新手かもしれない」
「そうか?」さも興味なさそうに素っ気ない返事をした。「俺には関係ねぇよ。てめぇの好きなようにやれ。で、結界にも走査にもかからなくてどうして見つかったんだ?」
 サムは目を細めて男を胡乱そうに眺めた。
「ああ、付近の住民からの報告だ」にわかに真顔になる「どこかの愛しの団長殿も一緒に見たって話でね。……どういうことだ、イクシオン?」
「さあね、お偉方に尻尾ふりふりのてめぇに答える義理はねぇな」
 サムは男に一瞥をくれるとバーを出た。

 一方、サムんちに置き去りにされたデュレとセレスは目下のところ、思案投げ首中だった。とりあえず、基本方針は決めたもののどうアクションを起こすかで止まっていた。軽率な行動が危険を招くのはさっきの“走査”で判っていた。ここではエルフはある種の敵。どこに罠があるか判らないのではどうにもこうにも動きがとれない。
「それで、『後悔させる』のはいいんですけど、どう協会にアプローチしますか?」
「はにゃ?」セレスは小首を傾げてキョトンとした。
「……その様子は何も考えてませんでしたね。全く」デュレは腕を組み、頭を抱えた。
「いや、何も考えてないワケないじゃん、このあたしが」セレスは笑いながら手をひらひらと振った。「考えてるよ、うん。もちろん」
「あなたがそう言うときは信憑性がないんです。ま、殴り込みでもする気だったんでしょうから深く考えることもないって思ってたんでしょうけど」デュレは視線でセレスを突き刺した。「わたしが一緒にいる間は無謀な行動は絶対に許しませんから、そのつもりで……」
「う〜……」不満を露わにセレスは唸った。
「何ですか、その不満で一杯の眼差しは」怒りに満ちた口調でデュレは言う。
「だって、そりゃそうじゃん。わたし、自由気ままにやりたいんだもの」
「その気持ち、判らないではないですけどね」デュレはクスリとした。「だから、わたしがセレスを野放しにしたくない気持ちもわかって欲しいんですけどね……?」
「『野放し』って、あたしは獣かなんかかい!」
「ええ、野生のね。もうどうにも手を付けられない……」ちょっと考えた。「山猫かしら?」
「山猫……」セレスはぺたんと床に座り込んでしまいそうだった。
「そのなんか、毛を逆立てて威嚇してくる雰囲気がとってもよく似てるかな――って」
「あっそ、もう、山猫セレスちゃんでも何でもいいです」べーっと舌を出す。「ま、いいや。そんであたしはサムを捜すとしてデュレはどうするんよ?」
「わたしですか? わたしはリボンちゃんを捜してみようと思います」
「リボンちゃん?」ここで出てくるとは思わなかった名前にセレスは一瞬驚いた。
「ええ、彼、『二百二十四年前に会った』って言ってましたよね? と言うことはリボンちゃん、この街にいるんじゃないでしょうか? 多分、あの一言はわたしたちに出せる最大限のヒントだったんじゃないかな……と」
「あ〜ん、成る程ね。じゃ、あたしはサムが何者かを絶対に掴んでやるわ」ギュッと握り拳。
「協会護衛騎士団長だったと……。言ってましたね。その“だった”と言うあたりと協会とは関わり合いになりたくないと言う辺りが何か引っかかりますが、間接的に攻めるんですか?」
「うんにゃ! 本人、見つけて、直接問いただす。それが第一段階。教えてくんなきゃ実力行使。それでもダメなら、周りから攻め落としてみようかな――なんて――。あれ、どしたの、デュレ」
「……いえ、発想がとってもセレスらしいかなと思って――困っていたところです」
 デュレこそが頭を抱えてその場にうずくまってしまいそうだった。
「あたしらしいんだったら別にいいじゃん、いつものことだし♪」
「そうですけど――」と思っても、
(何でこう無鉄砲なのかしら)とは敢えて言わなかった。
 そのセレスの“無鉄砲”のお陰で星の数ほど散々な目にあい、逆に行き詰まりの打開にもなったこともある。だから、その行動力だけは認めていた。けど、そんなのに付き合わされる方はたまったものではない。
「ねぇ、デュレ」
 しばらくの間をおいてのセレスの問いかけにデュレはドキンと驚いた。
「久須那の封印を解く魔法を教えてもらったとするじゃない?」セレスは椅子の背もたれに仰け反って染みだらけの天井を見上げていた。「って言うかさ、その魔法を知っているやつを見つけて、ここで封印を解いたらダメなのかな?」
「そう言う事実はわたしたちの歴史に残っていません。と言うことはつまり、封印は解かれなかったと言うことです」
「……逆に言えば、あたしらがどう行動しようとも久須那の封印は解けないってこと?」
「判りません」デュレは静かに首を横に振った。「誰も経験したことはありませんから」
「ま、そうだよね。簡単に出来るなら歴史なんてぐちゃぐちゃになってるだろうし」
「ただ、ここにいるわたしたちにとって1516年はまだ起きていない未来なんです。封印のことはおいておいて、考えなしの不用意な行動はわたしたちの1516年を失う結果につながるかもしれないってことを覚えておいてください……ねっ!」
「――?」セレスはいまいちよく判らないと言う風に、つまらなさそうに椅子を揺らしていた。
「……いちいち、面倒くさいですね」瞳を閉じて大きなため息をつく。
「じゃあ、例をあげます。仮に久須那の封印を解いてしまったら、わたしたちが1516年で“久須那の絵”を見つけられなくなります。端的に、久須那がいてマリスをこの時代でやっつけてしまったら、わたしたちはどうなります?」
「……?」セレスは無表情にデュレを見詰める。
「ま、予想通りの反応ですけど。わたしたちはここには来ない。と言うことは、久須那の封印を解くものもいない。当然、リボンちゃんもやウィズとの出会いもなくなって、わたしとセレスはどっちにしても出会いそうな気はしますけど……。シメオンは滅ぶんでしょうね? この際、歴史はどう変わってもいいです。けど、わたしたち、時の理から弾き出されてると思いませんか? 未来は修正されて、向こうには向こうのわたしたちがいて。じゃ、ここにいるわたしたちは?」
「――ようは台本通りにお芝居しろってこと?」セレスは不機嫌にデュレを睨んだ。
「逆です。やりたいようにやりましょ。それがわたしたちの1516年につながるはずだし、だから、リボンちゃんは何も教えてくれなかったんじゃないかなって。思った通りに行動していけば、必然に答えに辿り着くってことだと……」
「小難しく言わない。手短に言え!」仏頂面でセレスは言った。
「思うがままに探し物しよっ♪ ってことです」
「よっしゃ! やっぱ、そうだよね」セレスは椅子をひっくり返して勢いよく立ち上がった。「デュレ、さっきの布……さらし、タオル? 貸して、出掛ける」
「……まだ、湿気てますよ。それに単独行動は控えて欲しいんですけど」
 デュレはさっき干したばかりの布をおろしてセレスに手渡した。
「はぁ〜ん、ほんのり湿気てるね。でも、そんなこと言ってられないっしょ? 時間、足んないんだし、二人で一緒より、一人の方が二倍の時間を使えると思えば、いいじゃん」
「そう言うことじゃないんだけど……」
 と、頭を抱えそうになるデュレを尻目にセレスは部屋から飛び出していった。
「何でこう、考えなしに行動できるんだか……。不用意に動くなって釘を刺したつもりだったのに。全然聞いていないし――。釘は良くても板、腐ってたのかしら?」デュレはため息をついた。「さて、わたしは……どう、しようか・な……?」
 デュレは居間を見回して、また大きなため息をついた。さっきまでは気が付かなかったが、サムが出ていって、セレスがドタバタと探索に行ってしまったら、急に辺りが見えだした。埃っぽい。タンスの上には薄く埃が積もっていて、床にはわた埃がフワフワと風に乗って転がっている。こんな散らかった状態を見せられてはデュレは居ても立ってもいられない。デュレはそわそわして、お掃除道具を探し始めた。そして、見付けるとデュレはぶつぶつ文句を言いながら掃除を始めた。
「セレスはあんなんだし、サムはサムでどうしてこんな汚いところで平気にいられるのかしら」
「……で、てめぇはそこで何やってんだ?」
 玄関口を向くと、サムが柱にもたれ掛かって面白おかしそうにデュレを眺めていた。
「うわっ! な、何もしてません!」デュレは期せずに赤くなった。
「の、割にゃあ、ほうきを持ってちり取りを持って、バケツやら雑巾やら用意してよ。まさに『お掃除してます♪』って格好じゃねぇか? 出て行けって言われて、掃除し出すやつも初めて見たぜ。相当な物好きだな、てめぇも」
「い、今、出ていくところですっ!」デュレは掃除道具を放り投げて、プイッと横を向いてサムの横を通り抜けようとした。その瞬間、サムがデュレの左腕を掴んだ。「何をするんですか!」
 デュレはサムの手を邪険に振り払った。
「おい、セレスはどこに行った?」真剣な声色。
「さあ? 彼女の性分からしたら協会に殴り込みに行ったんじゃないかしら?」
「真面目に答えろよ。明け方から往来のど真ん中でぎゃーぎゃーやってるから協会にてめぇらの存在が筒抜けてるんだよ。しかも、例の“走査”をかわしちまったもんだから、ちょっと、厄介なことになってる……」
「でも、わたしたちを助けてくれるつもりはないんですよね?」敢えて反対に言ってみた。
「そうしたいところは山々なんだがね、そうも言ってられなくなった」
「そうですか? わたしたちをトリリアンの一味だって突き出してしまえば、簡単、でしょ?」
「――てめぇら、二人そろってヤなやつだな。人捜しを手伝ってやるって言ってるだろ?」
「そお言う、押し付けがましいことを平気で言う人は嫌いですっ!」デュレは横を向いた。
「あのなぁ。別に恩を売りてぇわけじゃねぇんだって」サムは頭をボリボリとかいた。
「Hey!! Girl!! 旦那しゃまは大の女好き。困ってる娘っ子は助けずにはいられない! この前なんかパワーズ天使に大負け喰らったくせにそぉれでも、懲りないの〜。射程はお子ちゃまからお婆ちゃままで、千差万別、オスじゃなけりゃ、何でも可。ただぁ、ちょっとシャイなのとぉ」ちゃっきーは流し目でサムを見た。そして、ニン♪「久須那ちゃんに浮気がばれるのがとっても怖いの。だって、見た見た? 燃え盛る嫉妬の炎の凄まじさ!」
「根も葉もないことを言うんじゃねぇよ」
「橙色なんて飛び越えて、青白〜く完全燃焼、一万数千℃の灼熱の恒星みたいなエネルギーを発するのだ。サムっちなんか、速攻で真っ黒焦げよ〜〜」
「てめぇが真っ黒焦げになってりゃ全部丸く収まるんだよ」
 サムは最もお手軽な炎の魔法をちゃっきーに放った。すると、ちゃっきーの足元にボッと手のひら大の炎が現れてあっという間に消し炭になってしまった。
「うぅう……しどいぃ……」
「久須那? 久須那って、あなた、え? 久須那さんと何か関係があるんですか?」
「こいつの冗談をいちいち真に受けるなよ」サムは焦げてブスブスと音を立ててるちゃっきーを指した。「大ほら吹きだぞ、こいつは!」
「大ほら吹きたぁいい度胸だ。おいらは大いなる事実に基づいてのみほらを吹くのじゃ。久須那っちとジーゼちゃまのことはホントのホントよ! 旦那しゃまは幾多の時代を股にかけ、女たらしの限りを尽くしているのだ。ちなみにここはみっちゅめの時代で、チミは十一人目の彼女」
「わたしは彼女じゃありません。せいぜいお友達がいいところかしら」
「……。じゃ、まずはお友達からってことで。って、違う! ちゃっきー、話を混ぜるな」
「へっへ〜ん。知〜らない!」再生を果たしてちゃっきーは一目散に逃げていった。
「コラ、逃げるとは卑怯だぞ!」
 ちゃっきーを追い掛ける振りをしてデュレの追求をかわそうとして、サムは走り出した。が、デュレはサムの発するよからぬ電波を察知して、その前に立ちはだかった。
「ど・こ・へ、行くつもりですか? サム」
「うへ! いい勘してるよ。その点ではてめぇも久須那に似てるよな……」
「セレスと三年も付き合ってたら嫌でも勘がよくなります。あの娘ったらぐ〜たらぐ〜たらサボって逃げることばかり思いつくから、先回りの連続で……、どうやって働かせるか、大変で――」
「……セレスにかなり手を焼いてるようだな」
「ええ、どうにもならないほどに。けど、とってもいい娘なんです。って、話をすり替えてはぐらかさないでください! ですから、久須那さんとあなたがどういう関係かと聞いてるんですっ。重要なんですからきちんと答えてください」
「……てめぇ、久須那のことになるとやけにムキになる……」
「え、そ、そんなはずはない……はず」あたふた。
「顔に書いてあるぜ」にやりと意地悪に微笑みを浮かべた。「ま、いい。先に俺の質問に答えてくれたら、久須那のこと教えてやるぜ?」
「取り引き……ですか?」
「最初に取り引きを持ちかけたのはてめぇだろ?」
「……そうでしたね」デュレは渋々認めた。「でも、わたしはあなたにそれだけの対価は支払ったと思いますが」デュレの瞳がきらりと光った。「お部屋のお掃除代、プラスあなた、わたしのスカートの中、覗き見ましたよね? と言うことは久須那さんのことを聞いてもおつりが来ると思うのですが……」デュレは意地悪に微笑んで、サムの瞳を覗き込んでいた。
「抜け目がねぇな、てめぇ。商魂たくましいぜ」大笑い。「判った、それで手を打ってやる」
「では、商談成立ですね?」
 そして、サムとデュレは互いの瞳を見つめ合い、固い握手を交わした。

「はぁ〜ん……。流石にお昼どころか朝の朝じゃ面白い物も何も転がってないか。つまんない。やっぱ、デュレと一緒にいた方が良かったかなぁ」
 セレスは頭の後ろで腕を組んで、午前中の繁華街をほっつき歩いていた。夜の街だけに昼間は閑散としていて、どうやら有益な情報は得られそうになかった。だからといって、セレスはすぐにはデュレと合流するつもりはなかった。負けを認めるのはいやなのだ。今、帰れば、デュレがそう問いつめてくることは間違いない。口げんかをしたら自分が言いくるめられてしまうのが常だったから、戻りたくないのがホントのところ。だから、セレスはほとぼりが冷めるまであてもなく街を彷徨い歩くのだ。
「しっかし、ま。サムっちはどこに行ったのかしらねぇ――」
 話しかける相手もなく、セレスは意気消沈気味にぶつぶつと独り言を言っていた。
 と、全くの不意を突いて背後から呼び止められた。
「おい、そこの……パンツルックはちまき姉ちゃん。オレと運試しに行かないか?」
「何で、そう、あたしの気にしてるとこを突っつくのかな」セレスは肩をピクッと震わせて立ち止まった。「――はちまき姉ちゃんとはどういうことだっ!」
「見たままを言っただけだ」
 セレスは肩を怒らせ振り返り、言葉を失った。フツーに振り返ったら虚空が見えて、慌てて視線を下に下ろした先にいたのは気が付いた時からいつもセレスの傍らにいた美しい毛並みの――。
「……リボンちゃん」
「……こんな子供にまでやらせるつもり、シリア?」
 更にリボンの背後から追ってきたように聞こえた凛とした張りのある声の主にセレスは語るべき言葉を失った。見たことがある。そんな在り来たりの一言では片づけられない存在がセレスの前に立っていた。狩猟用の大きな弓を負っている。セレスよりもずっと長い金色の髪、朝の陽の光に煌めく青い瞳。白い布が隠しているけれど、そこにはエルフの特徴的な尖った耳があるに違いない。
「――そんはなずない……」呆然としたように呟いた。「だって、そんな、おかしいよ」
「中途半端なマッチョマンよりよほど見込みがあると思うが、ダメか?」
 まるで、哀願するかのような眼差しでリボンはその金髪碧眼の女を見上げた。
「ダメも何も無理だろう、小娘には。シルエットスキルとはいえ相手は久須那だぞ。千年以上もやってきて今更……」女はちらりとセレスを見た。「弱いわけではないだろうが……。頼りなさそうな娘を選ぶ必要がどこにあるんだ? あたしは反対する」
「そうか? しかし、オレの直感がこいつだって告げてるぜ」
「何人目だ? 一体。ことごとく外してきたくせに」
「バッシュ――。手当たり次第試してみようと言ったのはお前だろ? サスケだってただの留守番じゃ退屈だろうし、フツウの娘だったら久須那だって少しくらいは手加減してくれるさ」
「そうか? いっつも久須那は相手をけちょんけちょんにしていたぞ?」
「聞いてないよ。リボンちゃん、キミが――キミが母さんと組んでたなんて――」
 そこには写真立ての止まった笑顔しか知らないセレスの母の姿があった。