12の精霊核

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11. beginnig began(始まりが始まった)

 セレスは半ば硬直してバッシュの顔を見詰めていた。生きて動いてる。悪戯な微笑みを浮かべて、リボンと楽しげに話をしてる。なのにどうして。自分のそばにいてくれなかったのか。これから先の時の流れに何があるんだろう。けど、セレスにはたった一つだけ確信があった。バッシュと自分の間に何かが起きた。だから、リボンはあの時に何も教えてくれなかったのだろう。不意にセレスは不安で切なくて、物悲しい感情に捕らわれた。
「……? あたしの顔に何か付いてるのか?」バッシュはセレスの視線に気が付いた。
「え、あ、う……。その、早い話。それってナンパ?」
 セレスは狼狽を悟られないように必至に頑張ったつもりだったが意味をなさなかったようだ。逆に揚げ足を取られてしまって、返答につまずいた。
「……お前、女とフェンリルにナンパされて、嬉しいのか?」
「うぐぐ。――そうじゃないなら、何の用なのさ、全く、もう!」
 セレスは頭の後ろで手を組んで、舌打ちをした。と言っても、セレスには既に大方の予想は付いていた。久須那のシルエットスキルと腕試しをしないか。リボンがそう言い出すのに違いない。
「知りたいか?」リボンはほくそ笑んだ。
「なぁ〜んか、キミの思い通りにされてるって言うか何というか、気に入らないのよねぇ」
 セレスは流し目で視界の隅にリボンを捉えながら、その周りを回りだした。
「そうか? 気にするな」リボンは機嫌良さそうに尻尾をパタパタと振っていた。
「シリア……。その癖はやめなさい。地面のほこりが舞う」バッシュに指摘されてリボンは尻尾を振るのをやめた。「そしてだ、前置きと長い無駄話、いつも思うけど、何とかならないのかな?」
 バッシュは嬉しそうに顔を綻ばせるリボンと鼻面をあわせて言った。
「はは、すまんすまん。嬉しくなるとついね」
「で? あたしに何をやらせたいの?」
「じゃ、単刀直入に言わせてもらうぞ」にわかに真顔になる。
「もう、全然、単刀直入じゃないじゃないか」バッシュがリボンの後ろで悪態を付いた。
「お前もその嫌味癖を何とかしろ」リボンはバッシュを見上げて胡乱そうに睨んだ。すると、バッシュは面倒くさそうに手を振ってうなずいた。「……ま、いい。――お前に戦ってもらいたい相手がいる。……トゥエルブクリスタル……知ってるだろう?」
「……知ってる。あたしの追い掛けたい謎がいっぱいある。そう言う伝説。あたしには」
「なるほどな」リボンは一瞬、瞳を閉じ、開いた。「じゃあ、ちょうどいいな。お前に伝説の一端に触れさせてやる。……どういう結果が待っているかは知らんがね」にやり。
「は〜ん。誘いはするけど、あとは自分の責任で何とかしろってことか」
「そう言うことだ」というリボンに対して、セレスはいつになく冷静に返答した。
「申し出はありがたいんだけど……。あたし、一人じゃないんだ。単独行動するなって言ううるさいやつがいてさ。相談してくるから時間もらえるかな?」
 セレスはつい頭をボリボリかいて、説明した。都合のいい時ばかり自分を利用してと、デュレがその場にいたなら腕を組んで、足でパタパタと地面を踏みならしながら憤慨したに違いない。
「……」リボンが訝しげな顔をした。「男か? ありがちに?」
「あははっ!」セレスは頭の後ろに手を回して大声で笑った。そして、急に真顔になる。「そんなワケないじゃん。女よ、女。ダークエルフの小姑みたいにうるさい娘っこ!」
 セレスはげんなりとしてため息をついた。
「……誰が小姑みたいにうるさい娘っこなんですかっ! 説明しなさい」
 聞き慣れた声がして、セレスは嫌な予感が的中したことを悟った。大抵、デュレはいいこと、悪いことにかかわらずセレスが何かしようとすると勘づいてやってくる。それが偶然なのか、そうでないのか判らないけれど、セレスには甚だ迷惑な話だった。
「げっ。なんでキミはこう嫌な時に絶妙なタイミングで来るんよ?」
「セレスが悪さをしようとするとピンと来るんです」
「つまりそれは、あたしはいつでもどこでもデュレの監視下にあるってこと?」
「ま、一言で言うとそうなりますね」得意げに微笑んだ。
「あっそ! 二言でも三言でも何でもいいけどさ。今度は悪さはしてないもんね〜だっ。ちゃ〜んとデュレに相談しにいこうと思ってたんだから」
「ま、セレスにしては珍しいですね。で、どのようなご相談でしょうか?」お澄まし。
「! キミねぇ、そんなに尖らないでくれる?」やれやれと言わんばかりの表情でセレスは言う。
 デュレにくっついてきたサムは口げんかを始めそうな勢いの二人の横を通り抜けてバッシュとリボンの元に歩み寄った。朗らかな表情を浮かべ、バッシュの前に立ち止まった。
「バッシュか。何でまたてめぇはセレスを掴まえてるかな? 他にもたくさんいるだろう? 暇そうにプラプラしてる連中」
「たくさんいてもな、オレたちの目にとまったのはこいつなんだから仕方がないだろ?」
「……。運がいいのか、悪いのか。捕まえたのがエルフ狩り連中じゃなくて良かったな」
「サムはセレスと知り合いだったのか?」バッシュが言った。
「ああ、つい今朝方からな。朝っぱらから往来でぎゃーぎゃーやってるところを見付けた。――で、シリアとバッシュがいてこの様子ってことは……やるのか?」
 サムは面白おかしそうに笑っていた。リボンは無言でうなずいて、バッシュはただサムの瞳を見詰め返していた。
「って言うことはサムっちもやったことあるの?」
 その様子を見付けて、セレスはデュレを放っておいてサムの顔を覗き込んだ。
「ちょっと、まだ話の途中です。勝手にどっか行かない!」
「細かいこと、言わない、で、どうなんよ、サム?」
「いや、俺はねぇよ」首を横に振る。
「どしてさ?」興味津々にセレスはサムに詰め寄った。
「あ〜ん?」サムは訝しげにセレスを見詰る。そして、やる気なさそうに頭をかいた。「ちゃっきーがふざけて言ってたこと覚えてねぇか?」
「しょう!」突然、サムの肩からちゃっきーがひょっと顔を覗かせた。
「うわっ! 驚かさないでよ。心臓がパンクしちゃう」
「久須那っちは千三百年前の空の下を共に歩いて、一緒に飛んだ仲なのじゃ。ちゅ・ま・り、最大最高のパートナーにして最良の伴侶。そ〜んなやつと久須那っちが剣を交えると思うのかぁっ!」
 ようやく、お得意の大演説会を始められると思ったのかちゃっきーは嬉々としてた。
「伴侶じゃねぇよ」サムはちゃっきーを掴まえてバッシュに投げた。
「あたしはそんなもんいらん!」バッシュは弓を引きちゃっきーを射抜いてしまった。
「ともかくな、それは俺じゃねぇんだとよ。久須那が……そのシルエットスキルが言うにはな」
「ふ〜ん?」セレスは瞳をくるくると閃かせた。
「何だ? その面は?」
「いや、別に。ごちうさまってかんじかな?」
「バカなことを言ってるんじゃありません」とずっと、セレスとサムのやりとりを聞いていたデュレはじれったくなって割って入った。「何でこう、いちいち核心から逸れるのかしら?」
「だぁって、雑談が大好きなんだもん♪」ニコニコしながらセレスは言う。
「判りました」デュレは憤慨して口調が怖い。「代わりにわたしが聞きますっ」デュレは勢いよく、リボンとバッシュに振り返った。「それで、あなたたちはセレスに何をやらせたいですか」
「デュレはあたしの保護者かなんかかいっ!」セレスはプイッとあっちを向いた。
「そうです! セレスは駄々っ子だから手がかかって仕方がありません」
 とデュレが本気で言えば、後ろでバッシュが大笑いしていた。
「ちょっと、バッシュ! その笑いはどういう意味さ」母親といえここではまだ知り合ったばかりだから、いくら何でもそこまで大笑いされる筋合いはないと思った。「酷いんじゃない?」
「はははっ。いや、急にセレスが身近に感じて、悪意はないさ」
 悪意のないことはセレスだって重々承知していた。けど、何だか釈然としない。セレスは腕を組んで憮然としたようにバッシュを見詰めた。
「そいで、あたしに何をさせたいって?」
「まだ、まともに説明していなかったな」リボンが真顔になった。「……シメオン大聖堂の地下へ行く。お前とは……失礼! セレスにはそこで久須那のシルエットスキルと腕試ししてもらう」
「……」
 セレスはしばらく惚けたようにしていた。言われることは予想が付いていたとはいえ、本当に言われてしまうと無力さにおそわれた。あの日、たった二日前にデュレと二人がかりで敵わなかった相手に今度はどうやら一人きりのようだった。
「ちょっと、セレスいいですか?」デュレはセレスの左腕をひっつかんで引っ張っていった。
「な、何よ」
「……久須那と会うのは危険すぎると思います。だって、久須那は何か言ってましたか?」
「何も言ってなかったね。って言うかさ、その辺はリボンちゃんに口止めされてたんじゃない? そうじゃないなら……歴史はほつれ、崩れ始めたってこと、でしょ?」セレスはデュレとしばらく見つめ合って、それから続けた。「あたしがバッシュと会っちゃったから」
「は?」一瞬、デュレにはセレスの言いたいことが判らなかった。
「バッシュはあたしの母さんなんだ……写真の母さんしか知らないけど――」
「はぁ? だってそんな……。つまり、その、若かりし日のお母さん? セレスの?」デュレの問いにセレスはちょっと淋しそうな素振りを見せてうなずいた。「――一ついいですか?」
「いいよ」
「セレスのお母さんは生きてるんですか?」
「判んない」セレスは首を横に振った。「父さんのことは覚えてるけど、母さんは……物心ついた時にはいなかったから……。生きてる母さんを見たのは……今日が初めてなんだ」
 デュレはどうしたものかと困った表情を浮かべ、足をパタパタさせていた。
「……これも因果律の流れの中なのかしら。――原因があって結果がある……。その原因の一つがこれだとしたら……断ったら全部おじゃんになってしまうかもしれない。わたしたちの1516年に行きつくためには流れのままに任せるのが一番いいのかしら……」
「デュレ? キミさ、ここに来た時、言ったじゃない。思うがままに行動しようって。どんな結果になったって、帰れなくなったって。いい……とはあまり言いたくないけど。そんでもキミっとあたしの知りたい何かを掴めると思うよ」
「けど……」デュレの眼は戸惑ったように宙をオドオドと彷徨っていた。
「――怖いんでしょ、デュレ。キミのことだから」
「お〜い、てめぇら。まだ、話がまとまらないのか? 時間は――無限じゃないぜ。見付けたい物がある時は探すべき時に探せ。鉄則だろ? 急げばいいってものでもないが、おちおちしてたら逃げられるぜ。それに何よりお前らには時間がない。この街に長くいるほど危険度が増す」
「あ〜、もうちょっとでまとまるから待ちなさいよ」
「判ったけどよ。人目のつくところで長居するもんじゃない」
 サムは軽い忠告をすませるとまた、リボンとバッシュのところに戻っていった。
「ねぇ、デュレ。キミは認めたくないかもしれないけど、帰る場所がなくなることに漠然とした恐怖を感じてる……多分ね」セレスはクスッと笑った。「けどさ。けどだよ」
「セレス、わたしが言いたいのはそこじゃありません」右手を挙げてセレスを制した。
「じゃ、何さ?」セレスはキョトンとして尋ねた。
「バッシュと関わりを持つことはセレスの生を壊す直接の要因になるかもしれないってことです。リボンちゃんみたいに“遠い”存在なら別に構わないと思います。みんなのところに帰れなくても最悪、いいです。そこにセレスがいてくれるなら。けど――」デュレは下を向いた。
「あたしたちが帰ったかどうか判らないって言ってたね。リボンちゃん。けど、言ったじゃん。未来は誰も知らない。その知らない未来はあたしが決める。その先がどんなだったとしても、あたしはやりたいことをやるの。それだけ。デュレだって知ってるでしょ? ――あたしはバッシュと知り合った。フツーによ。フツーに。あたしたちの“今”でね」
「――セレスに諭されるとは思ってもみませんでした。しかし、ここに来てしまったからにはやるべきことをやっていくほかありませんか……。ちょっと、らしくなかったかな。わたし」
「気にしなくていいよ別に。どんなデュレもデュレだから」
 賽は投げられた。そんなことを強く意識させられた瞬間だった。今まではただ漠然と動き出したとは思っていた。けど、止められない時の奔流に投げ出された心許なさはなかったのに。
「じゃあ、それぞれの結果と成果をもって二、三日後にサムの家であいましょう?」
「うん」セレスはデュレの顔を見詰めたまま大人しく返事をした。
「じゃ、セレスは久須那とのリベンジを果たしてきてください。わたしはもっとスタティックに調査してきます」
「はぁ? 嫌味か、そりゃ!」
「ええ、嫌味です。けど、ダイナミックにとっ散らかせば何かが動くかもしれませんし」
「ま、そうかもね」セレスはニヤリとした。「ダイナミックなのがあたしの取り柄よ!」
「どっちかというとドラスティックですけどね」
「もう、いいか? 二人とも」ちょっと離れたところで業を煮やしてリボンが言った。
「ええ、いいです」デュレが朗らかに答えていた。
「そ〜んじゃ行きますか? リ……」セレスは思わず言いかけて口をつぐむ。「シリアくん、バッシュ? どうなるか判らないって言ってたけど、一応、戻れるんでしょ?」
「まぁ、そのはずだ」
「何か、変なこと口走りそうだったよな? さっき、向こうでオレを指してリボンちゃんとか何とか言ってなかったか?」
「そ、そんなことは一言も言っていないよ、うん」
「揚げ足取りはやめておけ」バッシュは不満そうなリボンの前にしゃがんで額をぱちんと叩いた。「シリアのあてにならない確信があたれば、今日でおしまい。行こうよ」
「あのさぁ、シメオン大聖堂の地下室で久須那のシルエットスキルと腕試しって言ってたけど、君ら協会とはどういう関係なの?」
 リボンが切なく儚そうに微笑んだ。
「オレたちは今の協会とは関わりを持っていない。全く別さ。いつからこんなアホなことになったんだか。体制に縛られるようになって、ジングリッドが支配していた頃に似てきたよ。目覚めさせようにも、いい切っ掛けもないし、作れなくてな」
 リボンは歩き出しながらセレスに答えた。
「じゃあ、デュレ。あっちも動き出したようだから俺たちも行くか?」
 サムは遠ざかっていく三人の後ろ姿を眺めながら言った。
「あ、ちょっと待ってください。セレス、渡したいものがあります」
「なぁに?」リボンとバッシュと行きかけたセレスが走り戻ってきた。
「これ……」デュレは制服の内ポケットから闇護符を三枚取り出してセレスに手渡した。
「って、闇護符? これ。あたしには使えないんじゃん?」
「使えます。これにはわたしの魔力を封じてるから、術者の能力や得意な属性なんて関係ありません。大切なのは使い方と何を使うかだけです。使い方は護符を狙う方向に掲げて、封を解きたいと強く念じるだけです。ま、それが簡易魔法と呼ばれる所以ですね」クスリとした。
「あの。簡単なのはいいけど、ホント、大丈夫? 魔力が逆流とかしない?」
「し・ま・せ・ん! その三枚は最初からセレス用にと思って調整しておいたんだからっ!」
「へ?」デュレの思わぬ言葉にセレスはキョトンとして言葉を失った。
 魔法関係の小物を他人のために調整するのは普通はやたらと面倒くさいのだ。闇の魔法は特にデリケートなものだし、闇護符となるとそれに輪をかけて厄介な代物だ。
「もう、いちいち、やりにくいですね。要らないなら返してください!」
「いや、要ります。折角、もらったんだから大事に使わせていただきます」
「よろしい! あと、古代エスメラルダ語なんてど〜せセレスには読めないでしょうから、裏に何の闇護符なのか書いておきました。一応言っておきますよ。ダークフレイム、フライングスペル。最後のはシャドウカッターです。どう使うかはセレスの勝手ですけど、間違っても護符の魔法陣を書いてある方、自分に向けないでくださいね♪ 多分、死にますから」
「ひぃ。これってそんなに物騒なものなの?」
「キャリーアウトさえしなければ、ただの紙切れです。ウェストポーチにしまって、チャックを閉じておけば大丈夫なはずです」
 と言ってデュレはセレスの手から護符をもぎ取ると、ウェストポーチにしまい込んだ。
「じゃ、セレス。幸運をっ!」
「うん、ありがとう、デュレ。大事に使うよ」セレスは元の方を振り返ると。「って、あれ? うわ。ちょっと待ってよ。何で、キミたち、主役をおいて行っちゃうかな」
 セレスは困った風に頭をかいた。リボンとバッシュはデュレに呼び止められたセレスのことなど最初からいなかったかのように二人で話をしながら行ってしまった。
「ど〜せ、すぐ追い掛けてくるって思ってるんだろうけど、迷子になったらどうするのさっ」
 そして、セレスは二人を追って走っていった。
「で、デュレは予定通り、テレネンセスでいいんだな? てめぇは久須那を見に行かない? あいつを見れるのもたまにしかないチャンスだと思うが……」
「いいんです。二人がかりでも負ける時は負けます。一人でも勝つ時は勝ちます。今はセレスを信じましょ。と言うよりは勝ってもらわないと困ります。二回目だし」デュレは小声で言った。
「――てめぇはシルエットスキルがいることを知っていたな」サムはさらっと言った。「そして、てめぇはこの時代の生まれじゃねぇだろ……? ――隠し事はまだまだたくさんありそうだな。テレネンセスにつくまでにぜ〜んぶ話してもらうぜ」
「けど、フォワードスペルならテレネンセスまであっという間ですよ?」
「まあ、慌てるな。そう言うのはホントに要りようになるまでとっておけ」
 と言ってサムは天空に向かって口笛を吹いた。すると、ほんの僅かな間をあけて空に巨大なシルエットが現れた。鳥? それはサムの位置を確認するかのようにしばらく旋回を続け、舞い降りる。その接近してくる姿は大きく、デュレの背丈の二倍はゆうにあり、広げた翼は十メートル以上はありそうだった。巨大なシルエットはサムから離れたところに着陸すると、人懐こそうに瞳をクリクリさせながら、サムの方に寄ってきた。それから、サムに首をすり寄せていた。
「ティアスだ。ロック鳥の一種でね、ヒトの一人や二人軽くいくぜ?」
「ティアスだって言われても……」デュレはちょっと怖じ気づいた。
「何だ? 高いところは嫌か? それとも、鳥が苦手か?」
「嫌じゃないですけど……何で、鳥ですか? 馬車とか、地に足のついたものはないんですか?」
「ねぇなぁ」サムは笑いながら言った。「それに、対エルフ結界のこと忘れちゃ困るね。普通に街から出るのは至難の業だぜ。それに比べて空から行けば簡単だぞ。――」サムは言葉を切ると瞳を閉じて優しく微笑んだ。「――俺たちには知り合う時間が必要だ。もちろん、セレスともだ。お、それともう一つ付け加えておくぜ、おかしな意味じゃないからな」
「一応、判ってるつもりです。けど、百パーセント信用したワケじゃないですからね」
 デュレはぴしゃりと言ってのけた。

「来るべき運命の波打ち際にかくして小舟は辿り着き、始まりが始まった――か。フン――。マリスをたたき起こす時が来たようだ」
 黒っぽい影が屋根の間を飛んでいき、そこにひとひらの黒い羽根が落ちていた。